第三十九話
ダイニングは思いのほか声が響く構造となっていたようで、王子は食器から顔を上げた。
いや、王子どころではない、ダイニングにいる給仕係、入り口の警備兵、近くを通りかかったシェフまでもがフィレンを訝しげな目で見つめたが、王子が微笑んだのを確認するとすぐに元の仕事へと戻る。
大したプロ意識だ。
「驚いた! いえ、発言にではなく。ビネーヌさんの洞察にです。お考えの通り、彼女、リア・ガーネットは私が子供の頃から仕えてくれている専属の使用人です。今は数歩後ろにいますが、昔は私がリアの後ろにくっついていたほどです」
「そう。リアは王子のことをどう思っているの?」
赤髪は回答して良いものかと、王子に目顔で訊いてから答えた。
「サリトール様は尊敬すべき方です」
一度区切りこちらを向いてから、「年齢に関わらず」と付け足した。
リアは私が本当に王子より年上だと思っているらしく、「年上だからって無礼な口をきくな」とでも言いたいのだろう。
空気が張り詰めるのを感じた。
他の使用人もリアの意見に同意するがごとく視線をよこす。
――だが、残念ながらこの口調の注文をしたのはあなたの尊敬する王子なのだよ。
そう言って幼なじみが持つ変な癖を教えてあげたらどんなリアクションをするだろうと、好奇心がうずいたが、そこはフィレンも大人である。
「ええ。尊敬しておりますわ」と軽く受け流し、まあついでに「ところでリアさんはどうして昨日、私に口づけをしたのかしら」と冷えた空気を暖める話題を提供してあげた。
――冷えた空気で料理が冷めないようにしてあげるとはなんて優しいのでしょう。と王子が思ってくれたら嬉しかったが、その王子は目を見開いて赤髪の少女へと振り返っていた。
赤髪少女は髪が同化するのではというほど、顔を赤らめ、「う、う、あ」と声にならない声を上げている。
視線は全てリアに集まっていた。
「そ、それは……」
先に喧嘩をふっかけたのは向こうだ、とはいえさすがに可愛そうになる。
「頬に口づけするのはノワーム地方の挨拶だった気がするのだけど、もしかしてノワームご出身かしら」
フィレンが助け船を出してあげると、
「え、ええ。昔、滞在したことがありまして……」とリアは説明した。
王子は特に疑う素振りもなく、そうだったのかと呟いた。
フィレンは上品に笑いかけ、言った。
「昔、一度滞在しただけの地域の挨拶をしていただけるとは、なんて面白い方かしら。私、あなたとお近づきになりたいわ」
「おお! 良かったではないか、リア。実のところ、君の友人の少なさは心配だったのだ。私はこのあと学校に行かねばならないが、送迎は他の者に任せるとしよう。今日は仕事を忘れてビレーヌさんに思う存分甘えると良い」
「……はい。ありがとうございます」
赤髪少女は王子の提言に気のない返事をした。
そんなこんなで朝食を終えた少し後、フィレンの部屋では二人の少女が向かい合い、無言で突っ立ていた。




