第二十七話
ウィルは第五王子に軽く頭を下げ、王子の背中を追う。
角を曲がったところで隣に並ぶ。
王子は再び足を止め、「恥ずかしいところを見せてしまったな」と言った。
第五王子とのやり取りを見るに、王族の兄弟関係はあまり良い関係ではなさそうだった。
ウィルは一人っ子なので、普通の兄弟関係というものは知らなかったが、それでも普通ではないことが察せられた。
「言い返さないのですか。せめて誤解を解いてしまわれても良かったのでは」
「兄上に歯向かうなんて……。それに、愚かであるのは事実なので」と大量の紙を抱えながら、王子は言った。
「その紙、私が持ちましょう」
「それには及ばない。これは私の責務だから」
「責務? 一度地面に落としたからって、それを運んであげる必要はないのでは」
ウィルはそこまで言って、しまったと思った。
王子は苦笑した。
「やはり、それも見られていたか。いくら恥を重ねれば良いものか……。ともかく、私が責任を持って届けるべきだと思ったのだ。そうさせて頂きたい」
「はい」と生返事をしながら、「責務」とか、「責任」とか、この王子は大量の紙だけでなく、目に見えない重みも抱えているのだと直感した。
探偵の勘というものだったかもしれない。
不思議なものだ。
だが、何となく分かってしまうのだ。
第六王子はフィレンや他の学生が思っているほど悪い人間ではないことも。
「王子。私は……。俺は、あーゆー権力を持ってる人間の後ろに付いて回る女が嫌いなんだよな」
ウィルは少し不自然ながらも、敢えてフランクな口調で呟く。
王子は一瞬目を見開いたが、すぐに笑って言った。
「ああ、私もだ。あとは、金髪ロングの女性には近づきたくないな」
金髪ロングと聞いて、脳裏に浮かんだのは第五王子の顔だった。
軽くウェーブが掛かっていた金髪は肩まで伸びていた。
「第五王子を彷彿させるからですか」
王子は何も答えず、肩をすくめた。
少し歩いて、「それよりも」と王子が言った。
「もし出来るなら、敬語はやめにしないか。同学年なのだから。勿論、無理にとは言わないが」
「……わかった。俺はウィル。ウィル・グリーングラスだ。よろしくな」
「私はサリトール・ミッドガルドだ。……よろしく」
自己紹介は淡泊なものだったが、それだけでも仲良くなれたような気がした。
踊り子の会へ紙の束を届けると、そこの責任者は大慌てで第六王子をもてなそうとしたが、サリトールはそれを丁寧に断った。
目的を達成し、教室を出たときに王子が言った。
「何か、礼をしたいのだが。如何せん、こういったことには疎くて。何をすれば良いだろうか」
ウィルは少し考えると、こう答えた。
「自然の中で小休憩しませんか。そう、中庭で」
――準備は万全だ。
フィレンは中庭に設置されたガーデンチェアに腰を下ろし、日傘を差している。
ここで、フィレンとバーツは一芝居をうち、王子がフィレンと舞踏会に参加するよう仕向ける。
舞踏会をきっかけにして、恋に落ちていくという筋書きだ。
ウィルと王子が揃って教室を出た後、フィレンとバーツは大急ぎで寮の自室に戻り、着替えた。
フィレンはフリルのついた如何にもお嬢様が身に付けるような淡い紫色のドレス。
バーツは如何にも紳士然としたタキシードだ。
寮から出るところを他の学生に見られないように細心の注意を払いながら、コソコソと移動し、ようやく中庭に着いたところで、廊下を歩くウィルと王子が見えた。
フィレンは髪を触りながら言う。
「このウィッグ、近くで見ても本物の髪みたいだ。どう、似合ってる?」
「普段の紫色も良いけど、金髪も似合ってるよ。化粧をする時間が無かったのが惜しいくらい」
「あ、どーいう意味だよ」と問いただすと、バーツは慌てて首を振る。
「ち、違う。十分可愛いけど、化粧をしたら、本物のお嬢様に、いや、本物以上に見えただろうって意味」
そのとき、ざっと地面を踏み鳴らす音がした。
ウィルと王子がやってきたのだ。
フィレンは目を動かし、様子を伺うと、王子はこちらを見て目を見開き、固まっていた。
ウィルがぼそっと呟く。
「金髪ロングだ……」




