小話1 最終話
「猫?」
「はい。猫です。子猫が一昨日から迷子になってしまって」
クリーム色で縦縞模様の親猫らしき猫を抱えながら女性は言った。
彼女はお菓子屋を営んでおり、バーツはお菓子の試食やら、新しい菓子の開発やらを手伝っていたらしい。
昼間にはおばあさんの手作り料理を味見して、昼過ぎにお菓子屋で試食をしていたとは、バーツも意外と打算的に付き合っている部分があるのかもしれない。
しかし、今回はおやつタイムがなさそうだった。
話を聞くと、一昨日の昼頃、一匹の子猫が脱走してしまい、すぐに捜索をしたが、周辺を調べつくしても発見できなかったらしい。
そこで、昨日から店を臨時休業にして、捜索しているが、未だ見つけられていない。
捜索範囲を広げるにも人手が足りず、店前で左右に伸びる通路の片方しか調べられていないため、今日はもう片方を捜索しているという。
その片方というのが、フィレンが喫茶店「ヴィレーン」からミルクタンクの男の家を通り、料理好きおばあさんの家へと通ってきた道を逆に辿る方向だった。
つまり、一度通った道を遡っていくように捜索するわけで、せっかく登った山を下るときのような気分だった。
しかし、少しばかりおやつを食べたい気分だったフィレンは協力したお礼としてお菓子が貰えるのではという卑しい気持ちで手伝うことに決めた。
家と家の間に目を配りながら、フィレンは訊いた。
「その子猫に何か特徴はありますか?」
「子猫の特徴ですか……。にゃぁあ、と鳴きます」
「……猫ですから、にゃあと鳴くのでは?」
「いいえ、にゃあではなく、にゃぁあです」
女は眉をきりっとさせ、子猫のまねをする。
鳴き方はあまり重要ではないのだが、この人はいわゆる天然というものだろうか。
「……見た目は?」
「母ネコは縦縞が入っていましたが、まだ子猫ですからね、縞模様は薄かったと思います。あと、色も白っぽいです」
外見のイメージは掴めたものの、やはり、と言うべきだろうか、捜索は困難を極めた。
街行く人に尋ねてはみるものの、この街には野良猫も少なからずいるためか、特徴にあった子猫を見た人はいなかった。
そうこうしている内に、気付くと見覚えのある喫茶店にまで来ていた。
のどの渇きを覚えたフィレンは一度休憩することを提案した。
「少し休みませんか。ここは人も多いので、何か情報があるかも」
女性のうなずきを確認して、中に入る。
普段なら、すぐに「いらっしゃい」と聞こえるはずだが、声がかからず、カウンターへと目を向けると店主はいなかった。
カウンターに座る常連客に問う。
「あれ? ニファは?」
「ああ、ニファちゃんは二階にいるよ。今日はなにやら忙しいみたいだね」
「てか、君らは暇すぎるだろ。いつまでここにいるんだよ」
「一度帰ったさ。昼飯を食ってまた、来たんだよ」
そう言ったのは、手前に座る男だ。この男は娘がいたはずだが、休日にこんなところにいて大丈夫なんだろうか。
すると、驚きの声がすぐ後ろからあがった。お菓子屋の女の声だ。
「あら、リーミットのお父様」
「お菓子屋の……。どうもいつも娘がお世話になってます」
娘のいる常連客は、お菓子屋の女と知り合いだったらしい。
椅子から降りて丁寧に挨拶をした。
そのとき、また別の声がカウンターから届いた。
「あら、フィレン。どうしたの?」
階段から下りてきたニファが言った。
だが、答える前に別の音が階段から聞こえた。
「にゃぁあ」
思わず呟く。
「猫だ」
「うん。今朝拾ってね。あ、こら下りてきちゃだめじゃない」
階段を再び登ろうとするニファを引き留める。
「待って。その猫見せてくれ」
ニファが抱きかかえて、連れてきたその猫は薄いクリーム色で、薄っすらと縦縞が入っていた。
まさに探していた子猫と特徴が一致する。
お菓子屋の女へと振り向き、反応を待つ。
女は目を見開いた後、首を縦に振った。
「はい。確かにこの子です」
事情をニファに話すと、納得してお菓子屋の女に猫を渡した。
「可愛い子猫よね。開店の準備をしていたら、店前で誰よりも早く待っていたのよ」
「客が全員猫だったら可愛いのにな。来るのがこいつらじゃ可哀そうだ」
フィレンが常連の二人を指さす。
しかし、二人は子猫に気を取られて、心を撃ちぬかれてニタニタと笑っていた。
その様子に苦笑いをしながら、続ける。
「もしかして、朝、ニファが出ていったのは猫が関係してたのか?」
「うん。そうよ。拾った時に、ミルクを飲ませてあげようとしたんだけど、飲んでくれなくて。何を食べさせればいいのかも分からなかったから、図書館で調べてきたのよ」
なるほど。納得がいった。
てことは、店番をしているときに上階から聞こえた物音は、リンゴが落ちた音ではなく、子猫が出した音だったのか。
子猫であれば、物の隙間に隠れていれば簡単には見つからない。
「――と、こうやって全ての依頼を難なくこなしたわけ」
「それはご苦労様」
バーツはティーカップをベッドに座っているフィレンに渡し、向いにある化粧台の椅子に腰を下ろす。
「子猫かあ、僕も見たかったな」
「残念だったね。代わりに私で我慢するんだな」
そう言って、フィレンは片手で猫のポーズを取って「にゃあ」と鳴いた。
バーツはさっと目を反らすと、咳払いをして言った。
「でも、一つ解決してないことがあるよね。二番目にフィレンが訪ねた酪農家のミルクタンクが減っていた謎はどうしたのさ」
フィレンは肩をすくめる。
「バーツ。今までのを聞いていれば、それも解決したようなもんじゃないか」
ティーカップに口をつけ、続ける。
「猫だよ」
「猫?」
「お菓子屋からヴィレーンまでは一直線だ。その間には、酪農家の家と料理好きのおばあさんの家があったろ?」
「うん」
「お菓子屋から行くと、まずはおばあさんの家に着いて、その後、酪農家のおじさんのところだ。そして、酪農家のミルクタンクの中身が減る事件は昨日、今日と連続して続いた。それも朝に」
「それが、子猫のしわざだってこと?」
「そうだ。木蓋くらいなら猫の力でもどかせられる。そうして、中のミルクを飲んでいたんだろうな。だから、ニファが拾ったとき、ミルクを口にしなかった。もう、お腹いっぱいだったから」
「でも、ミルクタンクは目で分かるほど減っていたんだよね。子猫がそんなに飲むものかな」
「子猫だけじゃないさ。あそこらへんは野良猫がいるから。そいつらも、飲んでいたんだろう。木蓋を落としたのは野良猫かもしれない。ともかく、犯人が分かって、おじさんに報告をしたから、こうしてミルクティーを飲んでいるわけ」
「ニファからは『紅茶』。酪農家のおじさんからは『ミルク』、おばあさんが『ティーカップ』か、てことはお菓子屋のお姉さんからもお菓子を?」
「いいや、これだ」
フィレンが抱き上げたそれはこう言った。
「にゃぁあ」
子猫は、本来なら常連客の男が引き取ることになっていたらしい。
ただ、想定外だったのは、その男がネコアレルギーだったことだ。
ニファも飼いたい気持ちがあったようだが、他にも猫アレルギーの客がいることを懸念し、飼うのは諦めた。
そうして、一時的にフィレンがネコを預かることにした。
バーツが、なぜ、お菓子屋のお姉さんに預かってもらわなかったのかを訊くと、フィレンは、
「人生は無駄と思えることを楽しむものだ」と答えた。
その後、こうも付け加えた。
「次の休みには、この子の飼い主探しらしいよ。頑張ってね。あ、次はクリームティーが飲みたいな」
ベッドに横たわるフィレンの顔は、いつもより穏やかに微笑んでいた。




