小話1 第二話
喫茶店「ヴィレーン」は名物が二つある。
一つは店主が厳選して入荷している茶葉を使った紅茶だ。
朝にふさわしいサッパリとした味わいの紅茶から、ミルクティー用の濃い目の紅茶まで多くの種類があり、その紅茶に合わせた菓子も出している。
そのため、主婦や学生といった若い世代も多く訪れる。
二つ目はヴィレーンの店主のニファである。
艶やかな長い髪と令嬢のような気品を持ちながらも、親しみのある笑顔を向ける彼女に、本来の客層ではない男達も足しげく通っている。
その中年の常連客は慣れ親しんだカウンター席に二人並んで腰かけていた。
「なんだ。今日はフィレンが店番か……」
「ああ、コーヒーにしとこう」
「あんたら、どうせ紅茶の味なんかわかりゃしないだろ」
棚から二つのコーヒーカップを取り出し、既に焙煎され、サーバーに満たされたコーヒーを注ぐ。
まだ開店したばかりの店内には人が少ない。
常連の二人以外には、テーブル席に腰掛ける老夫婦くらいだ。
その老夫婦は目を細めながら静かに紅茶を飲んでいるため、鳥のさえずりと、コーヒーを注ぐ音だけが耳に届く。
緑の多い店内にふさわしい自然のBGMに癒されていると、常連の一人が「そういえば、」と話を始めた。
「最近はドッペルゲンガーの噂を聞かなくなったな」
もう片方が相槌を打つ。
「確かにな。なんだったんだろうな」
フィレンはカップを差し出し、言う。
「いるわけないよ。ドッペルゲンガーだなんて」
「だよな」と常連の二人が笑ったとき、ゴトン、と音がした。
その音には二人も気づいたようで、フィレンに訊いた。
「上に誰かいるのか?」
「ニファはついさっき出ていったし、他に誰かいるとは聞いていないけど……」
「ニファちゃんのドッペルゲンガーか?」
「バカ言うな。ちょっと見てくるよ」
そう断りをおいて、階段を上る。
上階には、倉庫代わりにしている食糧庫と、寝室、シャワールーム、空き部屋が一室ある。
一室ずつ部屋を確認するが、人影らしきものは見当たらない。
全体的に室内は整理されていて、人が隠れられる場所もなかった。
食糧庫に入ったとき、赤い何かが足に当たった。
慌てて足を引き、足元を見ると、それはリンゴだった。
フィレンは下に戻り、拾ったリンゴをカウンターに出す。
「ほら、常連さんにサービスだ」
一人がリンゴに噛り付きながら訊く。
「で、どうだった?」
「ああ、多分リンゴが落ちた音だろうな。誰もいなかった」
リンゴをかじる口が止まり、じっと手に持つリンゴを見つめていたが、やがて諦めたように再び咀嚼を始めた。
その後は、「娘がネコを飼いたがっている」とか、「俺は犬派なのに」とか、「そもそもペットを飼う余裕はねえ」とか、どうでもいい雑談をしていると、ニファが帰ってきた。
「ごめん。お待たせ」
手には何も持っていない。
急な買い出しではなかったようだ。
「どこ行ってたんだ?」
「ちょっとね。調べごと」
そう言いながら、お礼と言わんばかりに、茶葉の入った袋をフィレンに手渡すと、二階へと繋がる階段に足をかけ、続ける。
「ありがとね。もう、大丈夫だから。他の方たちの方に行ってあげて」
颯爽と階段を上る背中を見送り、常連と適当な挨拶を交わして、外へ出る。
まだ、日は昇り途中だ。
さっきは、断る間もなく、仕事を任されてしまったが、残りをサッパリと断り、ベッドで紅茶でも飲みながら読書をしよう。
――貴重な休日を、有意義に過ごすんだ!
そう息巻いて次の目的地へと向かった。




