第十九話
男が一瞬屈んだ。そう思ったとき、体が磁石にでも引っ張られるように後ろに吹き飛び、ウィルも巻き込んで壁に激突する。
「ぐっ!」
くぐもった声が漏れる。
衝撃で、体に固定していたハンマーがその場に落ちた。
激突した背中と腹部が痛い。
空気が上手く吸い込めない。
横にうずくまりながら腹を押さえ、深呼吸を試みる。
動きは見えなかったが、蹴りを入れられたらしい。
途轍もない速さだ。
ウィルは頭を打ち付けたのか、気を失っていた。
遠くからバーツの声が聞こえる。
逃げろ、と叫ぶ声が。
しかし、――どう打破できるか。
フィレンの思考は目の前の敵をどう攻略するかのみを考えていた。
倒すと言っても、悪魔の男は眉間を撃ちぬかれても、こうして生きている。
いや、人とは違うのだから生きているという表現はおかしいのかもしれない。
そんなことではなく……。
痛みのせいか、思考がまとまらない。
銃だろうがハンマーだろうが、悪魔を殺すには至りそうもない。
――何か、この場を切り抜ける手立てはないだろうか。
悪魔はウィルが落としていたハンマーを拾い上げ、獣のような目をフィレンに向けた。
それを見たバーツが注意を引こうと、男を挑発する。
「フィレンに負けたからって八つ当たりしてんなよ! クズ」
「ああ? 何だって! 誰が負けたって? こいつはクイズに正解しただけだろ! 負け犬のクズはお前だ! 負け犬らしく遠吠えでもしてろよなあ!」
――『クイズ』という言葉で思い出す。
クイズで、あいつは正解を自分自身で決めていた。
二問目の「悪魔は実在するか」という問題は、いくらでもしらばっくれることが可能だったし、一問目の「フィレンがバーツを殺そうとしたか」という問題も、私は銃を撃ったわけでも、首を絞めたわけでもない。直接的な行動をしていない以上、結局は主観で正解を決めるしかない。
つまり、大事なのはクイズに正解することではない。
正解だと認めさせることだ。
そして、今回出された問いは「悪魔を倒すこと」だ。
お題と言ってもいい。
この題に答えを出し、それを正解だと無理やり認めさせる必要がある。
フィレンは言い争っている悪魔の男に気づかれぬよう、ポケットに手を入れ、それから、リボルバーを調整する。
男がこちらを向く。
「まあ、いいや。紫髪の女の後に、じっくり負け犬をいたぶってあげるから」
フィレンはバーツのいる牢屋に向かって走る。
男の声が後ろから聞こえる。
「おいおい! 逃げてちゃ僕を倒せないでしょ! つっまんないなあ!」
バーツが叫ぶ。
「伏せて!」
フィレンは頭を屈めると、足がもつれたように転びながら、地面を滑る。
空中をハンマーが真っ直ぐに飛んでいた。
ハンマーは牢屋に当たり、甲高い音を立てて、破片を飛ばす。
すんでのところでハンマーを避けたフィレンは、そのままの低い姿勢でバーツの牢まで辿り着いた。
「フィレン。大丈夫?」
「ああ、バーツが時間を稼いでくれたおかげで一か八か、賭けができそうだ」
次は直接頭を叩くつもりなのか、男はフィレンが落としたハンマーを手に、ゆっくりと近づいてくる。
そいつの胸――人であれば、心臓の部分――に銃を向ける。
男が高らかに笑った。
「ハハハ! さっきの銃じゃないか! たった一発しか弾がない銃じゃないか。もしかして、もしかして! もう一発入っていることに賭けようってのか? 藁にもすがる思いで、弾にすがろうってのかい?」
「ああ、賭けだな」
トリガーを引く。
大きな反動が腕に伝わる。
「ガハッ」
胸を撃ちぬかれ、驚きの顔で空いた穴を見つめる悪魔。人間離れした男は、未だ二本の足で立っている。その両膝に間髪入れず、撃ち込む。
すると、男は上半身から地面に倒れた。
しばらくの間、大きな空間にバーツの息を飲む音と、フィレンの荒い呼吸音だけが鳴っていた。
しかし、うつ伏せに倒れている男から目が離せない。
男の腹部からは大量の血が流れ、どう見ても死んでいる。
――普通の人間なら、死んでいる。
男に問う。
「僕の勝ちだよな。君を倒した。文字通り、君は体を地面に伏している。そう、倒れている。そうだよな」
「フフフ」
部屋に笑い声が響く。
しかし、それは男の声ではない。
どちらかと言えば、幼い女の声。
「その子の言った通り、あなたの負け」
「あなたは負け」
それは、悪魔の男と一緒にいた双子の女だった。
双子は地面に突っ伏す悪魔の左右にしゃがみ、ツンツンと突いている。




