第十一話
「ウィル⁉」
「何、何、どうして二人してそんな驚いてんだ。幽霊でも見たみたいに」
「どちらかというと、ゾンビ?」
「んな、顔色悪かねえよ! ちょっと忘れ物を取りに行っただけで死亡扱いは酷くないか? それこそゾンビ映画だ」
「忘れ物?」
「ああ、明日までの課題を校舎に忘れちまって、取りに行ったんだ。警備員のおっさんが頑固でなかなか通してくんなくてさ、もう血みどろになって戦ってたわけ」
手に持った紙をヒラヒラさせながら、説明した。
にしても、『血みどろになって』という言葉は私達からしたら比喩ではないのだが。
「それはさておき、俺が死んだってなに?」
当然の疑問だ。
赤毛の男も同意してうなずいた。
フィレンは言葉に気を付けながら、ゆっくりと口を動かす。
「ええと、ウィルのような男が学校の地下廊下にいて、顔色がとても悪かったんだ。死んだような顔だった」
嘘は言っていない。
「それで死んだ扱いかよ! もしかして、フィレンって俺のこと嫌い?」
フィレンが答える間もなく、バーツが問う。
「ウィルって双子じゃないよね? 最近似た顔を見たことは?」
「ねえよ! そんな瓜二つだったのか」
赤毛が頭を掻きながら言った。
「ドッペルゲンガーの噂みたいだ」
『ドッペルゲンガー?』
フィレンとバーツが同時に疑問符を投げた。
「そういや、一年くらい前に国中でそんな噂が飛び回ってたな」
ウィルは腕を組んで話を続ける。
「確か、二つの場所に同時に同じ人間がいたとか、自分と全く同じ容姿のやつが、路地裏で寝ていたとか。でも、確固たる証拠が一つもなかったから、誰かがいたずらで流したデマだって結論になったんだが、……今になってそのネタで騙そうとしてくるやつがいるとは。それが友人だったとは……」
わざとらしく、悲しい、といった表情で肩をすくめた。
そんなくだらないことをしていると思われたのは心外だが、ややこしい説明をせずに済んだのは助かった。
ドッペルゲンガーの噂とやらを聞いたことはなかったが、物語なら本で読んだことがある。
その物語では、自分と全く同じ外見をしたドッペルゲンガーは本物を殺害して、成り代わるという話だ。
たしか、ドッペルゲンガーは外見をコピーできても、記憶まではコピーできないということだった。
一年前の噂話を持ち出したことからして、今、目の前のウィルがドッペルゲンガーである線は薄い。
もっとも、一年前から既にウィルのドッペルゲンガーが存在していたなら、一年前の話をすることも可能なわけだが。
まあ、もしそうなら、半年前に出会った私にとってはそっちが本物のウィルだと認識するだろう。
「うん。今のウィルがドッペルゲンガーだとしても問題ないな」
「急に辛辣だ! 受け取りようによっては絶交宣言だぞ!」
赤毛が話を戻す。
「二人はどうして学校の地下に?」
「ゴールの無い迷路って知ってる?」
ウィルが自慢げに答える。
「当たり前だ! 忽然と現れる絶対にゴールできない迷路。俺の推察では暗い場所に現れる……さっき、学校の地下って言ったよな? まさか、見つけたのか?」
鋭い。
探偵の息子というのは名ばかりではないらしい。
しかし、この流れは……。
「一生のお願い! 俺をそこに連れてってくれ!」
「……」
手を合わせて懇願するウィルを横目に、バーツがフィレンだけに聞こえるよう小声で話す。
「どうする? 心強いと言えば、心強いけど」
――不安と言えば、不安だ。
「ま、人手が多い分には構わないさ」
そうして、ウィルを連れて再び地下の迷路へと向かうことになった。
赤毛の男はその類の噂にさほど興味がないらしく、付いてこなかった。
本日、何度下りたか分からない地下へと続く階段を進む。
ここで、ある事を思い出した。
――そういえば、ウィルは死体のことを冗談だと思っていたんだった。
やはり、引き返すべきだろうか。
と、ウィルがはやる気持ちを抑えられず駆け下り始めた。
「あ、待て! 階段下に!」
時すでに遅し。
ウィルは既に最下部にまで下りている。
そこまで行けば、気付いてしまうだろう。
手遅れだ。
だが、返ってきたのは予想していた叫び声ではなかった。
「おーい。二人とも早く行こうぜ」
いつも通りの呑気な声だ。
不思議に思い、フィレンとバーツも駆け下りる。
さて、二度起きたことは三度起きる。
奇妙なことに、死体はなかった。




