第十話
――動いている、とは言っても確実に死んでいる。
拍動はなく、人の体温を感じることはなかった。
良く観察すると、奇妙な点がもう一つある。
移動しているのは死体だけではない。
血だまりさえも元の位置から移動しているのだ。
「おかしい。元の位置に血だまりの跡すらないなんて。拭き取った様子もない」
「犯人が動かした? でも、誰もいなかったし……」
「そもそも、犯人が私達に見つかるリスクを冒してまで死体を動かす理由がない」
まるで、初めからそこにあったとすら思えてきた。
しかし、靴には飛び散った血液がべったりと染みついている。
勘違いでも見間違いでもない。
そのとき、ふとした疑問が湧いてきた。
――これは果たして本当にウィルだろうか?
例えば、彼は双子で、この死体はその弟であるとか。
例えば、ただただ、似ている顔の別人とか。
世界には三人、自分と似た人が存在すると言う。
可能性としてはゼロじゃない。
けど、されど、可能性。
「確認が必要みたいだ。本当にウィルだという確認が」
「どうやって?」
「会いに行けばいい。本人に」
こうして、再び足元に横たわる暫定ウィルをその場に『保留』して、裏庭を通り、学生寮に向かった。
道中、バーツがそういえば、と尋ねた。
「フィレンが持ってたあのリボルバー。今朝、確かに弾を込めたよね。いつのまに抜いてたの?」
「ええと、弾倉から弾を抜いたのは、あのにやけ面男達の声が聞こえたとき。教師が来た可能性があったからさ、もし偶然銃が見つかって、弾が入っていたら大問題でしょ? 弾がなければ、演劇用の小道具だと言い逃れできると思って。それと、気づいたんだ。弾がなくたって十分銃の効力はある。銃口を向けられれば、まさか空だなんて思わないから」
「そっか。一丁の銃じゃ、複数人を相手するには分が悪いだろうし、どうせ撃たないのであれば、脅し程度にしかならないから、弾は必要ない、か。空の銃を本物の銃のように扱う度胸が必要だけどね。僕にはできそうもないよ」
そんな他愛もない話をしていたら、すぐ学生寮に着いた。
ウィンシャード騎士養成学校の学生寮は西棟、東棟、中央棟の三つある。
お目当てのウィルは、私達と同じ西棟の同じフロアに部屋を持っている。
部屋は例外を除けば、二人一組で割り当てられ、シャワーやトイレは備え付けてあるものの、二人のプライベートを分けるものは二つのベッドの間に置かれた背の低いパーテーションのみだ。
この学校は騎士の心得として、協調性が重視されている。
実際の戦いではプライベートなんて無いというのが、学校側の言い分だ。
実にはた迷惑なことだ。
そのせいで、私が着替える度にバーツの耳が赤くなる。
着替えを見ている訳でもないのに。
いつか、そのことをからかったら、衣擦れの音が聞こえて気になるとか。
相棒は相当耳が良いみたいだ。
部屋に呼び鈴はないので、ノックをして呼び出した。
「ウィル! 夜遅くにすまない! 確認したいことがある。出てきてくれ」
足音がのそのそ近づいてきて、ドアが開かれる。
目の前には赤毛の長身男が立っていた。
恐らく、彼のルームメイトだ。
寝ていたのか、それとも生まれつきか、ぼうっとした顔つきをしている。
常に元気溌剌とした印象を持つウィルとは正反対のタイプだ。
「夜分に失礼。ウィルはシャワーでも浴びているのか?」
「ウィル? ああ、そういえばまだ帰ってきてないな」
「……いつから?」
「ええと、校舎に用事だとかで、夕方ごろ出ていったかな」
バーツと顔を見合わせる。
今、ウィルが不在で、しかも校舎へと向かった―。
そして、地下で見た死体の顔はウィルそのものだった。
状況証拠としては、十分すぎる。
死体の移動など、納得のできていないことはあるが……。
「ウィルのことなんだけど……」
ルームメイトを失うのはどんな気持ちだろう。
頭の片隅に思い浮かぶ。
「ウィルは……死んだ――」
「――なんだって?」
赤毛の言葉ではない。
バーツでもない。
振り返ると、緑髪の男が立っていた。




