第2話 借金と高単価
「幸次郎……お前のおかげで、店が生き返ったよ」
夜、囲炉裏の前で父親が頭を下げた。
炎の揺れる光が、彼の深い皺を浮かび上がらせている。
母親も隣で、何度も「ありがとう」と繰り返した。
声が少し震えていた。
俺は照れ臭くて、手を振った。
「まだ始まったばかりです。これからもっと良くなりますよ」
その言葉に、父親の肩が小さく沈んだ。
「……実はな、幸次郎。話さねばならんことがあった」
押し入れから取り出されたのは、古い証書だった。
墨の文字が滲み、端が擦り切れている。
先代が残した借財に、ここ数年の不振が重なり、金額は想像以上に膨らんでいた。
返済期限は来年の暮れ。このままでは店を手放すことになるという。
「すまんな……お前にばかり負担をかけて」
父親の声は、低く沈んでいた。
母親は膝の上で手を握りしめ、何も言えないでいる。
俺は証書を静かに見つめた。
『目標ができたな』
まずはこの借金を返す。
それが最優先だ。
効率よく稼ぐには、原価を抑えて単価を上げる必要がある。
反物そのものを高く売るのは限界がある。だが、「提案」と「付加価値」なら、ほとんど原価をかけずに単価を上げられる。
翌日から、俺は新たな試みを始めた。
客の好みを記した紙を元に、「この柄にはこちらの帯が映えます」「この色なら季節の小物と合わせると良いです」と具体的に提案する。
簡単な着付けのアドバイスや、湿気から守る保管方法も付け加えた。
最初の客に提案したとき、相手は少し驚いた顔をした。
「帯まで……?」
「はい。この柄の雰囲気に合うものです。一緒に揃えると、着たときの印象が全然違いますよ」
客はしばらく反物と帯を見比べ、ゆっくりと頷いた。
「……じゃあ、帯もお願いするわ」
その瞬間、また胸の奥が熱くなった。
原価はほとんどかかっていない。でも単価は確実に上がった。
次の客。また次の客。
「じゃあ小物も」「保管の仕方も教えて」
自然と買い足す声が増えていく。
一週間もすると、三浦屋の評判は近所に広がり始めていた。
「あそこ、説明がわかりやすいらしい」
「値段がはっきりしてて、押し売りされない」
「主人の息子が切り盛りしてるのに、商売がうまい」
店先を通り過ぎる人々が、ちらちらと暖簾を見ていく。
売り上げは着実に増え、借金の返済計画にも光が見え始めていた。
俺は夜、行灯の灯りを見つめながら、静かに息を吐いた。
「これだ。知識は、ちゃんと武器になる。」
現代ではただのサラリーマンだった俺が、ここでは明確に結果を出せている。
その実感が、体の芯にじわじわと染み込んでくる。
そんなある日の午後。
店に、一人の若い女性が訪れた。
足元の草履の音が、他の客とは明らかに違っていた。
着物の質が良い。生地に光沢があり、縫い目も丁寧だ。
付き人らしき女性が一人、半歩後ろについている。
「こちらの柄を見せていただけますか」
声は落ち着いていて、響きが澄んでいた。
目は鋭く、店内をゆっくりと見回している。
俺が提案を交えながら反物を出していくと、彼女は静かに頷き、いくつかを選んだ。
選ぶ基準が的確で、無駄がない。
会計の際、彼女は俺の顔をじっと見て、静かに言った。
「変なことを聞きますが、あなた、どこで商売を学んだのですか?」
第2話 了




