↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/3

第2話 借金と高単価

「幸次郎……お前のおかげで、店が生き返ったよ」


夜、囲炉裏の前で父親が頭を下げた。

炎の揺れる光が、彼の深い皺を浮かび上がらせている。

母親も隣で、何度も「ありがとう」と繰り返した。

声が少し震えていた。


俺は照れ臭くて、手を振った。


「まだ始まったばかりです。これからもっと良くなりますよ」


その言葉に、父親の肩が小さく沈んだ。


「……実はな、幸次郎。話さねばならんことがあった」


押し入れから取り出されたのは、古い証書だった。

墨の文字が滲み、端が擦り切れている。

先代が残した借財に、ここ数年の不振が重なり、金額は想像以上に膨らんでいた。

返済期限は来年の暮れ。このままでは店を手放すことになるという。


「すまんな……お前にばかり負担をかけて」


父親の声は、低く沈んでいた。

母親は膝の上で手を握りしめ、何も言えないでいる。


俺は証書を静かに見つめた。


『目標ができたな』


まずはこの借金を返す。

それが最優先だ。


効率よく稼ぐには、原価を抑えて単価を上げる必要がある。

反物そのものを高く売るのは限界がある。だが、「提案」と「付加価値」なら、ほとんど原価をかけずに単価を上げられる。


翌日から、俺は新たな試みを始めた。

客の好みを記した紙を元に、「この柄にはこちらの帯が映えます」「この色なら季節の小物と合わせると良いです」と具体的に提案する。

簡単な着付けのアドバイスや、湿気から守る保管方法も付け加えた。


最初の客に提案したとき、相手は少し驚いた顔をした。

「帯まで……?」

「はい。この柄の雰囲気に合うものです。一緒に揃えると、着たときの印象が全然違いますよ」


客はしばらく反物と帯を見比べ、ゆっくりと頷いた。

「……じゃあ、帯もお願いするわ」


その瞬間、また胸の奥が熱くなった。


原価はほとんどかかっていない。でも単価は確実に上がった。


次の客。また次の客。

「じゃあ小物も」「保管の仕方も教えて」


自然と買い足す声が増えていく。

一週間もすると、三浦屋の評判は近所に広がり始めていた。


「あそこ、説明がわかりやすいらしい」

「値段がはっきりしてて、押し売りされない」

「主人の息子が切り盛りしてるのに、商売がうまい」


店先を通り過ぎる人々が、ちらちらと暖簾を見ていく。

売り上げは着実に増え、借金の返済計画にも光が見え始めていた。


俺は夜、行灯の灯りを見つめながら、静かに息を吐いた。

「これだ。知識は、ちゃんと武器になる。」


現代ではただのサラリーマンだった俺が、ここでは明確に結果を出せている。

その実感が、体の芯にじわじわと染み込んでくる。


そんなある日の午後。


店に、一人の若い女性が訪れた。

足元の草履の音が、他の客とは明らかに違っていた。

着物の質が良い。生地に光沢があり、縫い目も丁寧だ。


付き人らしき女性が一人、半歩後ろについている。

「こちらの柄を見せていただけますか」

声は落ち着いていて、響きが澄んでいた。


目は鋭く、店内をゆっくりと見回している。

俺が提案を交えながら反物を出していくと、彼女は静かに頷き、いくつかを選んだ。


選ぶ基準が的確で、無駄がない。

会計の際、彼女は俺の顔をじっと見て、静かに言った。


「変なことを聞きますが、あなた、どこで商売を学んだのですか?」


第2話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。