第3話 決意と呼び出し
「あなた、どこで商売を学んだのですか?」
その問いかけに、俺は一瞬、言葉を失った。
現代の知識です、とは言えない。
喉の奥が渇く。
店内の空気が、少しだけ張り詰めた気がした。
「いえ、その……昔から家業を手伝っておりまして」
曖昧に答えようとした瞬間、父親が慌てて割って入った。
「ははは! この子は小さい頃から商売の才能がありましてね。見て盗むのが上手くて、最近急に開花したんですよ。天才肌でして」
母親も「本当にそうなんです。親の言うことをよく聞いて」と同調した。
そうか、二人にとっては疑いようのない商売の才能を持った子なのだ。
女性は少し首を傾げたものの、それ以上は追及しなかった。
「そうですか。面白いわね」
彼女は選び終えた品を受け取り、静かに店を後にした。
付き人の女性が「お嬢様」と低く呼びかけたのが聞こえた。
暖簾が揺れ、外の光が一瞬差し込む。
残された空気には、まだ彼女の気配が残っているようだった。
後で近所の噂を聞き、俺は驚いた。
彼女の父親は、幕府の高位にある官僚だという。
大老ほどの権限はないにせよ、決して侮れない立場の人物らしい。
夜。
俺は一人、店の奥で行灯の灯を見つめていた。
炎が小さく揺れ、壁に影を落としている。
外では遠吠えのような犬の声と、どこかの戸が閉まる音が聞こえる。
この世界での身の振り方。
ただ借金を返して終わるのか。
それとも、もっと先を見るのか。
ふと、転生の際に見た光景が蘇る。
高層ビル。銀行の看板。不動産のロゴ。
日本を支えてきた「財閥」の影。
そうだ……財閥か。
三井も三菱も住友も、すべて小さな商売から始まっていたはずだ。
呉服屋から金融へ、そして多方面へ。
俺は拳を握った。
指の節が、小さく鳴った。
借金返済だけを目標にする必要はない。
借金を返し、店を安定させ、さらに大きくする。
呉服だけでなく、流通、金融、やがては様々な産業へ手を伸ばす。
自分がこの世界で財閥を築き、世の中を少しでも盛り上げる。
その道筋が、はっきりと胸の奥に根を下ろした気がした。
「よし……やるか」
決意を固めた、その翌朝だった。
門の前に、威圧感のある男たちが立っていた。
黒い羽織。腰に差した刀。表情は硬い。
「三浦屋の幸次郎とやらに、御用がある」
一人が、正式な書状を差し出す。
封印がされ、墨の文字が力強く走っている。
「江戸城へ参られよ」
俺は書状を受け取り、思わず固まった。
指先に、紙の感触が冷たく伝わってくる。
「……江戸城?」
風が吹き、暖簾が大きく揺れた。
第3話 了




