一章 いきはよいよい(2)
筆が乗ると文字数増やしすぎるの悪い癖だと思います。
第一章二話目更新ですわぁ。
「『ずっと前から好きでした、付き合ってください、東愛麗先輩』……はい! 言いましたけどコレがなんだってんですか」
「うーん……間に合った……ね、うん。とりあえずこれで大丈夫。じゃ一旦移動しようか」
「ちょっと、結局なんだったんですか、てかこれ今何が起きてるんですか」
先輩は黙って僕の指先を掴んで持ち上げる。
僕は自分の身に起きている異常にそこで初めて気が付いた。
指先から手首くらいまでにかけて、ゆっくりと自分ではない物に変化していた。
薄くなって向こう側が見えるとか、グロテスクな肉塊になるとか、そういった一般的なホラー映画的な変化ではない。
感覚もある。
痛みや痺れなども得にない。
この異常についてどう語ればいいのか。
一言で言うなら……滲んでいる、というのが正しいのだろうか。
指先と空気との境目が曖昧になっている。
どこまでが自分の指で、どこからが外側なのか。そういった、ごく当たり前に持っていた感覚が滲み、薄まって空間に溶け出ていた。
まるで描き上げたばかりの絵を水に沈めて台無しにされたかのような強烈な不快感。
強烈な吐き気に襲われ、とっさに口元を抑える。
そこで僕はもうひとつの致命的な違和感に気が付く。
口元に動かしたはずの手が一切動いていない……のにも関わらず、口元には確かにそえられた手の平の感覚があるのだ。
今、僕の口を押えているのは、誰の手の平だ?
「小鳥君。落ち着けないだろうけど落ち着いて。いい? 指先に意識を集中して、あたしが今握ってる感覚、わかる?」
わからない。とくとくとく、と心臓の音が外に聞こえてしまう程鳴っていた。
正気を失うという感覚はこういう物なのかもしれない。
今話しているのが僕なのか愛麗先輩なのかもわからなくなっていた。
不意に首元に自分の物ではない指がそえられ、顎を持ち上げられる。
視界はぼやけて全部の輪郭は曖昧になっていた。
「小——遊。あた——の——なさい——。あ——いい?」
何か話しかけられている。うまく聞き取れない。
次の瞬間。
バチン、という高い音と同時に、頬に強烈な衝撃が走った。
ごちゃごちゃとしていた頭の中が一瞬で明瞭になり、遅れて痛みがやってきた。頬が熱い。じんじんする。痛い。
「っつっはっ……!?」
痛みで意識が急激に現実に引き戻される。
世界の輪郭がクリアになっていく。
自分の手の感覚がはっきりと分かる。
浅く呼吸しながら顔を上げると、右手を高々と上げた愛麗先輩と目が合った。
「戻った……? 小鳥君あたしの事わかる?」
「な、んとか……?」
「よかった……痛覚に頼るのって加減がわかんなくてあんまりやらないからさ……逆に意識トんじゃったらどうしようかと」
運が悪かったら混濁した意識丸ごと消し飛ばされていたかもしれない事実に身震いする。が、とりあえず彼女に救われたのは間違いないらしい。
「すいません、助かりました」
「気にしないで、あたしの説明不足も悪いし……怖かったよね、ごめんね。移動しながら説明するよ、色々。立てる?」
先輩の手を借りて立ち上がる。先程までの諸々の不快感は無くなっていた。体も問題なく動くようだ。
彼女の後をふらふらとついていきながら、話に耳を傾ける。
「剽窃災害の説明からだよね、あたし説明上手くないから分かり難いかもだけどごめんね。まず剽窃災害についてなんだけど」
先輩は早口でこの世界の事について話し始めた。が、彼女の話は本当に断片的で分かり難く、僕は必死に頭の中で整理しながら聞いていた。
まず前提として、この世界、基底現実と呼ばれている世界には、薄皮一枚隔てた先に異世界が大量に転がっているらしい。
そして、その異世界と基底現実が重なった時に、向こう側に世界が持っていかれる現象、の事を剽窃災害と呼ぶようだ……と纏めてみたはいいものの何がどういう事だ? 本当に意味が分からない。
「小鳥君、結構危なかったんだからね? ほんと、まさかあたしでも繋ぎ留めきれないとか聞いてないよ。なんなの君」
「僕に言われても……」
つまり先程まで僕の身に起きていた現象は、向こう側に持っていかれている途中で引っ張り戻された、という事だ。
コレを防ぐためには、現実との繋がりを深く持つ必要があるそうで、例えば『帰らなければいけない理由』だとか『本当に心の底から大事な物がある』、『世界に繋ぎ留めてくれる人がいる』なんてもの対策として有効なようだ。
先輩は僕が滲んでいる事に気付いたため、世界との繋がりが深い先輩自身と繋ぎ留める事で僕を助けようとした。要するに例の告白文は、僕と先輩の関係についての認識を『恋人』にすり替える事で災害に備えた、というわけらしい。
「……急な話すぎてどこから考えたらいいのか」
「あたし的には、その歳まで生きてきて剽窃災害の名前すら知らない方が驚きだけどね……」
先輩はやれやれと首を振る。
そんな事を言われても知らないものは知らないのだ。こちらとしても困る。
「で、これからどうするんですか? 災害っていうなら過ぎるまで待つとかになるんですかね」
「うーん、普通なら警報が出た時点で影響範囲から出るんだけど、今回は巻き込まれちゃってるからなぁ。剽窃災害って段階が進むとあっちがわの異常存在とかが干渉し始めるし、どうしたもんかな」
僕と先輩はとりあえず空き教室に潜り込み、息を潜めながら今後について話していた。
僕の体に起きていた異変(先輩は『漂白』と呼んでいた)はとりあえず解決したようで、次について考える余裕ができていた。
とにかく、この際面倒事がどうとか言っている場合ではない事は心の底から理解できた。
「一応巻き込まれる直前にひめちゃんにメッセージ送ったから、助けを待つってのも手ではあるんだけど……中からじゃ災害の規模もレベルも分かんないし、早いところ脱出経路探っていきたいってのが実情」
「動き回って問題はないんですか? さっき異常存在云々って」
「流石にまだいないと思いたいね。今どこの世界が重なってるかもあたしには分からないし、迂闊に動きたくないってのもあるんだよね、ショージキなところ……だから迷ってるんだけど」
先輩は腕を組んで難しそうな顔で唸る。
「ま、一旦様子見かな。ここに籠ってる限りはとりあえずあんぜ」
先輩の言葉が不協和音で遮られた。
校内放送用のスピーカーがノイズ交じりで鳴り始める。
「——さ——さん。職員室で——がお呼び——至急——ください。くりかかえししま」
そこで放送がぶつりと切れた。
静寂。
先輩と目を見合わせる。
沈黙を破ったのは僕でも先輩でもなかった。
教室の扉を叩く音がする。
「えたしらどさん。およびくださいです。おげんきらしいといわれています」
聞いたものをそのまま雑に垂れ流しているような、意味の分からない日本語。
扉を叩く音は、こんこんという乾いた音から、べちゃ、べちゃと湿った音に変わっていく。
剽窃災害はここからが本番だとでも言わんばかりに、現実は確かに書き換えられていた。
説明パート下手でごめんよ。
この調子で明日も更新するから見に来てくれよな!




