はじまりのまえ(後編)
プロローグ後編!楽しんでいってもらえるとうれしいですわ
「ご協力どうも。私、永洞仁。永久の永に洞窟の洞。仁は仁義の仁ね。かっこいいっしょ」
雑多にいくつかの質問をした後、彼女はそういえば忘れてたわ、とはにかみながら名前を名乗った。
永洞仁。
随分珍しい名前だ。特に女性の名前として仁っていうのは珍しい。苗字も含めての全体の名前にどこか違和感……というか作為的な何かを感じるのは気のせいだろうか。
「ふーん」
僕は適当に相槌を打ちながら、視線を少し下げた。ふわふわの暖かそうなカーディガンとは対照的に、彼女は素足にスニーカーという風体だった。まだ朝の冷え込みが収まらないこの時期に素足というのは違和感があった。学校指定以外のソックスを履いている、ならただのお洒落気どりの校則違反者の可能性もあるが、素足となると話は違う。
指定以外のソックスを履いてきて注意されてから脱いだ?なるほどそれなら有り得るかもしれない。失礼極まりないのは承知の上だが、永洞と名乗ったこの新米新聞記者はイマイチ人の話を聞かずに校則を違反し、それでいて人は悪くないから注意には従う……のような中途半端に歪で自由奔放な性格をしているように見えた。
勝手に観察して考察するのは悪い癖だ。面倒事に巻き込まれる前になんとか直さないと。
「じゃあ次、親とか親戚はこの辺に住んでる?」
……新聞部のインタビューでそこまで聞くだろうか?
出身校とか好きな教科、入る予定の部活とかなんかがメジャーなインタビュー内容というやつではないだろうか。
先程まで受けていた質問を振り返ってみると、名前……はともかく、友達の有無や家族構成、近くに住んでいる親戚についての詳細等々、内容が個人的すぎる。
どれもこれも即座にアヤシイとなるようなものではないが、名前や服装、質問内容。小さな違和感が積み重なった結果僕はある結論にたどりついた……が、僕は何にも気が付いていないフリをした。いつだって平穏を届けてくれるのはこの技術、つまりは蒙昧無知のフリだ。面倒事は深淵と一緒。こちらが見ていることに気が付かれたら巻き込まれるが、何も知らないフリをすれば何も問題なく通り過ぎていくのだ。
さらさらとメモ帳に何かを書き留めていた彼女が顔を上げる。
「……よし、と。さて、次の質問ね」
彼女のくりくりとした丸い瞳がスッと細く鋭くなる。
「君……っと小鳥遊 里見君だっけ。君さぁ、何かに気が付いたんじゃない?」
元々低めだった声はさらに低く暗く、威圧感を覚える程にもなっていた。
「明らかに挙動不審だったよ。私の目を見てから逸らしたのが数回。あと全身にうっすらだけど力が入ってるね。緊張してる? かわいいね。そんでもって面倒事は極力避けたいから、波風立てないよう適当にあしらおうとしてるね? 事なかれ主義ってやつだ」
彼女を小鳥と評したのは間違いだったかもしれない。完全に獲物を値踏みする捕食者の瞳をしている。それも蜘蛛とかそっちタイプの……。
「ほれ、言ってみ小鳥君? 君は、何に気が付いた?」
深く息を吸い込んで、吐く。
改めて彼女の顔を見ると、こちらの返答を求めているかのように顎を動かした。
少々、いやかなり面倒だが……考えてみるか。
「……正直、いくつか違和感はあった」
僕はもう一度息を吸い込んで脳内を整える。
「君は僕に『新聞部新人、一年B組の永洞仁。新入生にインタビューをしてるから答えてくれ』って頼んだよな。新聞部って新入生へのインタビューで住所とか家族構成とかまで聞くのか?」
「そんな事私に言われたって知らないけど。部長にでも聞きなよ」
「まぁ確かにそうかもな、君が本当に新聞部の新人ならだが」
永洞はじぃと僕の瞳を見つける。どうやら話の続きをご所望らしい。
「校門前で新聞部の勧誘してるのを見た。背の低い気の強そうな先輩がハッキリこう言ってたよ。『入部希望さんは放課後放送室まで』ってな」
「……で? それだけじゃないでしょ。」
「そもそも一年B組が嘘だろ? ソックスにしっかり赤いライン入ってるけど、先輩?」
僕は彼女の目をまっすぐ見つめなおす。彼女は、まったく意に介していないようにくすりと笑う。
試されている。いや、遊ばれていると言った方が正しいのかもしれない。
「名前もそうだよな。正直、永洞仁って名前だけ見るなら『無いとは言い切れない』くらいの違和感なんだが、他の情報が嘘塗れだったからこれも考える必要があると思った。永洞仁……エドウ ジン……まぁ、むりやりこじつけるならジェーンドゥとかになるのかな。確か意味は『身元不明の女性』だよな。要するに偽名って事だ。で、『何に気が付いたか』って質問の答えなんだが、今僕の前にいるのが身元不明の嘘塗れ不審者先輩だった……てのでどう?」
数秒の沈黙。
先に破ったのは彼女だった。
「うん。合格。君の推理は大体合ってたよ……っていうか予想より当たっててびっくりしちゃった。悪いね試すような真似して」
「で、先輩の名前は? 次は本名で」
「大きい鳥の姫が歌うって書いて、大鳥姫歌。文学部と合唱部を兼部してる。あ、新聞部には名前騙ったの黙っといてね。あそこの部長キレるとこわいの」
大鳥と名乗った先輩はわざとらしく口にチャックをするジェスチャーをする。相変わらずの人を弄ぶような仕草ははたして素なのか演技なのか。
僕は彼女の顔をまっすぐ見つめたまま、静かに尋ねた。
「で、僕を試した目的は?」
「えー、そんなの勧誘と娯楽に決まってるじゃん。うちの部活ってちょーっと特殊ってやつだから、君みたいなうちに合いそうな子探してたんだ」
「そんな急に言われても入りませんけど。第一、僕帰宅部希望だし」
この面倒な先輩の機嫌を損ねないように、最低限の敬語で断り文句を入れる……が、こちらの都合はどうでもいいとでも言わんばかりに大鳥は指を振った。
「そういうのはとりあえず巻き込まれてから知るもんだよ小鳥君」
彼女はそういうと、今度は僕の胸のあたりに人差し指を突き立てた。
指先がほんの少し震えているように見えた。
大鳥と名乗った先輩は、包装紙がくしゃくしゃになった飴玉(ポケットの奥から引っ張り出していた)と連絡先とを押し付けて風のように去っていった。
……どこか遠くから『大鳥!廊下を走るな!』と怒号が聞こえてきている。
入学早々面倒な人に目をつけられたものだ。
飴玉を舌で転がしながら、僕は再び教室の外を眺める。
暗雲が立ち込める僕の心模様とは裏腹に、春先の暖かい日差しが教室を照らしていた。
大鳥先輩みたいな初対面で大嘘ついてくるビジュの良いやつ、だーーーい好きなんですよね私……。
次のお話以降はこれからしばらく毎日投稿していきますわ!
楽しみにしてもらえたら嬉しいな




