第9話 おっさん、日常に戻る
「あのな、ダンジョンは一度きりだって言っただろ」
『自分の気持ちに正直になれよ! オマエだって戦いが好きなんだろ!』
「お前と一緒にするなよ……」
『いーや、オマエの目を見りゃ分かる。あの時のオマエは明らかに戦いを楽しんでいた!』
「馬鹿言え思いっきりビビってたわ」
日付は進んでフロストワーム戦から二日が経った。俺は二階の自室で例のごとく魔剣と口論を続けていた。
「とにかく今日は営業日なんだ。俺は接客をする。ダンジョンには行かない」
『け、また魔力で酔わせてやるよ』
「だったら地下室に閉じ込めてやる。気づいたんだが、距離が離れてれば影響も薄いみたいだな?」
『クソったれー!?』
そんな感じでうるさい魔剣を地下室の隅に追いやると、一階に上がっていく。
勘定台に向かうと親父が立っていた。
「ジェイク、今日の朝はドルフが来る。俺は査定客の対応で忙しいからお前が案内しろ」
「ドルフさんって、回収屋の?」
「ああ。売れ残りを持っていく。地下の木箱に詰めてるから先に一階に上げておいてくれ」
「わかったよ」
うちの店でも一定期間経っても売れなかった装備品は「需要なし」と判断されて回収される。
部品ごとにパーツ分けされたり、金属は再び溶かされてネジや釘に加工されるのだ。
ドルフさんはそういった装備の廃品回収を担っている。
地下室に向かっていった。部屋の隅に追いやられた魔剣が騒いでいるのが早速聞こえる。
『おいジェイク、オマエには相棒を労る気持ちってのがねえのかよ!』
「そっくりそのまま返すよ」
地下室に入ってすぐ右手に布の被さった木箱が置いてあった。中には古びた武器や防具が入っている。しっかりと下を支えて持ち上げた。
「軽い……」
『ジェイク、オレも上まで持ってけ!』
「やっぱ俺の体、動きやすくなってるなー」
『無視すんじゃねえ!!』
魔剣の魔力の影響で明らかに体の動きが軽快になっている。やかましい奴だが日常において助かっているのは否めない。
それと昨日、フロストワーム討伐による特別報酬が正式に俺へ支払われた。かなりの額で、はっきり言って冒険者時代の半年分の稼ぎと同程度はあった。
図らずも懐がうるおったわけだが、これも魔剣の力がなければ成し得なかった結果だ。
そう考えるとたまには要望を聞いてやることも考えたほうがいいのか? とも思う。
一階に上がりきって、木箱を勘定台の裏に置いた。ドスンという音に少し驚く。軽いと感じたがかなり重量があったようだ。
しばらく来客も何もない時間が続いたが、唐突にドアベルが鳴った。初老の男性がなかに入ってくる。
「やあやあ、お世話様です」
「お久しぶりです、息子のジェイクです」
廃品回収屋の老人は帽子を取ると小さくお辞儀した。親父と長い付き合いの人で、俺も何回か顔を合わせたことがある。
「冒険者は辞めたのかい?」
「もう四〇ですからね。親父も歳ですし」
「心配せんでも、あいつはまだまだ生きるだろうよ」
「そうであってほしいですけどね」
親父は今年で六七歳になる。そろそろ体のほうにもガタがきておかしくない年齢だが、未だに健康体でいてくれるのはありがたい。
ドルフさんが木箱の中身を覗いて言った。
「今回は多いな」
「まあ、それなりに売れ残ってますね。台車に載せましょうか?」
「ああ、頼む。そのまま持ち上げて大丈夫か?」
「任せてください」
心配されながらも木箱を軽々と持ち上げて表に持っていった。台車の上に慎重に載せる。
「よっと」
「はー、冒険者ってのは力持ちなんだな」
感心したようにドルフさんが頷く。いや、ほとんど魔剣の力なんですけどね。
「それでは」
「はい、お願いします」
老人は台車をゆっくりと引きながら石畳の路地を曲がっていった。
店内に入る。ドルフさんが帰ると再び静寂が訪れた。最近は忙しい日々が続いていたからこういった一瞬の休息が何より心地良い。
思えば俺は冒険者時代ろくにまとまった休みを取ったことがなかったように思う。旅行なんてもってのほか。この街で生まれこの街で育った俺は外の世界を知らない。
今度親父といっしょにどこか旅行でも行ってみてもいいかもしれない。少し遅いが親孝行としよう。
そんなことを考えているとドアベルが鳴って客の来訪を告げる。俺は顔を上げた。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
妙に礼儀正しい少女だった。
紫色の髪に赤い瞳、体の線の隠れた茶のクローク。服装から察するに魔法使いや魔導士だろうか。
俺は人物像を掴みかねた。この店に訪ねてくるタイプの客ではない。
冒険者ではあるだろう。しかしどちらかといえば中堅以上といった雰囲気で、金に困っている風でもない。
彼女は店内をぐるりと見回した。壁に掛かった剣や棚に陳列された防具には興味がなさそうだった。
「うーん」
「なにかお探しですか」
武器でも防具でも店内には溢れているが、彼女が何を求めているのか俺にはまったく検討もつかなかった。
「この店、地下室はある?」
「え?」
予想だにしない返答に俺は気の抜けた返事をしてしまう。
地下室? なぜ?
「あ、ああ。地下室ならあるけど」
「そこに杖があるはず。欲しい」
いよいよもって分からなかった。ただ、彼女は地下室に杖があると確信した風だったので、俺はしぶしぶ階段を下っていった。
地下室には確かに古びた杖があった。買い手がつかなければ廃品としてドルフさんに持っていってもらうはずだが、この杖はいつからここにあったのだろうか。少なくとも最近見た覚えはなかった。
「これか……なんで分かったんだ?」
『あー暇だ。オレはいつまでここにいりゃいいんだよ』
「まあいいか」
『まあよくねえよ!』
魔剣の叫びをスルーしつつ杖を少女のもとに持っていった。
彼女は満足そうに杖を抱えて頷いた。
「6ロンスになります」
「ん。確かに杖は回収した」
ドアベルを控えめに鳴らしながら不思議な少女は去っていく。
「ありがとうございました……?」
こんな感じで、この店にはたまに変わった客も来る。
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