第8話 おっさん、噂になる
「ね、眠い……」
冒険者パーティー「蒼き風」の窮地をなんとか助け出し、急いで地上まで戻ってきた俺は、古装備屋「鉄錆亭」の開店準備を急いでいた。一睡もしていないが寝るわけにはいかない。今日は普通に営業日である。
『よう、店って開かないといけないのか? 疲れてんなら休みゃいいじゃねえか』
「俺の店じゃなくて親父の店なんだ。そんな好き勝手はできないんだよ」
腰に下げた魔剣が憎まれ口を叩く。
「というか誰のせいで疲れてると思ってるんだお前は……労る気持ちがあるなら静かにしていてくれ」
『まあ、オレも力を回復する必要があるからな。いやー、久しぶりに暴れられて満足だぜ』
「人の心がない奴め」
二〇年来共にしてきた愛剣だったが、まさかこんな可愛くない奴だとは思わなかった。
ただ、こいつのお陰で偶然とはいえ拾えた命があることも事実。
大事な後輩を窮地から救うことができたのは、俺だけの力ではない。
フロストワームを倒したあと奴の魔石を換金所に持っていった俺は、偶然にも「蒼き風」の面々が神殿の医務室にいるところを見かけた。どうやら彼らは無事に脱出できたらしい。
ただ、問題はその後だった。神殿内は30階層にフロストワームが出現したという話でいっぱいになっていた。すぐに特別報酬つきの討伐依頼が組まれ、Bランク以上の腕利きの冒険者たちが向かおうとしていたのだ。
俺はギルドの職員にフロストワームを倒したことをこっそり告げた。Dランクの冒険者証とフロストワームの魔石を見せると、職員は半信半疑といった顔で「30階層の安全確認が終わり次第、特別報酬の支払いをおこなう」と言ってくれた。
ただ俺は、今回は討伐者の名前を伏せてほしいと頼んだ。職員は怪訝な顔をしつつも了承してくれた。安全確認が終わればこう通達されるはずだ。匿名の冒険者によってフロストワームは討伐された、と。
そんなわけで俺はなんとか自分の正体を隠したまま戻ってこれたわけだ。
「いらっしゃい」
勘定台でうつらうつら舟を漕いでいると、ドアベルが鳴った。いけない、来客だ。
「買取をお願いしたいんですけど。あれ、もしかしてジェイクさん?」
「あ、どうも。君は……確かバルド君だったか」
バルド君は換金所の待合室でたまに会う青年だ。役職は盗賊だったか。噂好きで色々と詮索することが多いので、一部の人間からは良くない顔をされていた気がする。
「このダガー、買い替える予定なんで査定してほしいんです」
「分かった。三日くらい掛かると思うけど構わないかい?」
「大丈夫です」
革鞘に入れられた短剣を預かる。査定料の前払い分を受け取った。勘定台の引き出しに金銭を入れていく。バルド君が店内を見回して言った。
「ジェイクさん、ここで働いていたんですね」
「実家だ。冒険者を引退してからはずっとここにいるよ」
「そうだったんですか。俺、たまにここ利用してるんですよ」
へえ、知らなかった。意外なところに利用客がいたものだ。
バルド君は何でもないように話を続けた。
「そういや知ってます? 30階層にフロストワームが出てきたって話」
「……知らないな」
「なんか下層から30階層の湿地帯まで迷い込んできたらしくて、どっかのCランクがうち漏らした魔物っぽいんですけど」
「へえ」
やはりうち漏らしだったか。エキドナといい、二度も遭遇するのはついていないな。
「それで朝から色々騒ぎになってて。怪我人も運ばれてきてたんですよ、ほら、ジェイクさんが親しい「蒼き風」の奴らとか」
「あいつらはどんな感じだ?」
「重戦士が結構ざっくりやられてるみたいですけど、それ以外は軽傷っぽいですよ」
なるほど、それならまだ大丈夫か。あとでレイモンドの見舞くらいはしてもいいかもしれない。
「それで肝心のフロストワームなんですけど、なんかよくわからないんですよね」
「よくわからない?」
「倒されたのは確かなんですけど、倒した奴の名前が分からないんです」
「そんなに気になることか?」
「気になるっていうか。フロストワームを倒せるような冒険者って限られてるんですよ。実力者はわざわざ自分の力を隠さないし、新人や中堅でも名を売るチャンスなのに。なんか怪しくないですか?」
さすがは噂好きで詮索が得意な男。冒険者ではなく探偵にでもなったほうがいいのではないだろうか。
「まあ、世の中色んな事情の人間がいるからな。きっと名が知れると困ることでもあるんだろ」
「そんなもんですかね。まあいいや、お邪魔しました」
フロストワームの討伐は意外と話題になってしまっているのだろうか。まあ、職員が俺の名前を言わなければ誰に伝わる話でもない。
やがて昼休憩の時間が来た。
葉物野菜とベーコンを挟んだパンを一つ、ナッツを二つ、ミルクを一杯。
食事を済ませると脇に置いていた魔剣を手にとった。
『お? なんだ?』
「…………いや、癖でな」
『ああ、手入れの時間か。いつも済まねえな相棒』
「やっぱ慣れん! 俺が手入れしているときずっと意識があったってことだろ!?」
俺は休暇などがあると昼頃から夕方にかけて自分の装備をピカピカになるまで磨く癖があった。おかげで物持ちがよく節約にも繋がっていたのだが、今はただの剣でなく意思を持つ魔剣が相手だ。
これからは錆取りや洗浄をするたびにあーだこーだ言われるのか……そう思うとなんだか微妙な気分になったのだ。
剣身に錆止めの油を丁寧に塗り込んでいく。魔剣が神妙な声で訊ねてきた。
『ジェイク。オマエ、なんでオレを手放さなかったんだ』
「急に何の話だ」
『共鳴していないオレなんて頑丈さだけが取り柄のなまくらだぜ。他の剣のほうがマシな性能しているのに、なんでオレを使い続けた』
「手放してほしかったのか?」
『そりゃそうだ。そのせいで二〇年も待つ羽目になった』
確かにそうか。こいつは俺にさっさと手放してほしかったんだ。
「まあ頑丈だったからな」
『クソ、結局それか。無駄に丈夫な体なのが仇になったな』
「あと使いやすい。リーチもウェイトも俺には丁度良かったんだ」
『は、そりゃどうも』
相変わらずの憎まれ口だったが、魔剣の言葉にそこまで拒絶のようなものは感じなかった。なんだかんだダンジョンで暴れられて今は満足しているのだろうか。
「おい、ジェイク」
その時だった。奥の部屋で修繕作業をおこなっているはずの親父がこっちに来ていた。
「お前、今日はもう休め」
「え、なんで」
「疲れてるのは見れば分かる。さっさと寝てこい」
確かに俺は昨日から一睡もしていない。食事もとって眠気も出ていたが、そんなに分かりやすかったのか。
そんな俺の表情から察したのか、親父は呆れたように言った。
「あのな、誰だって息子が幻覚と話し始めたら心配する」
「げ、幻覚……」
ああ、そういえば魔剣の声は俺以外に聞こえていないんだったな……。
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