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第6話 おっさん、窮地を救う

「ここ、何階層だ……?」


 湿地帯だった。つまり23階層から30階層のどこか。付近に魔物はいないようだったが、冒険者の姿も見えなかった。エキドナが出ないことを祈りながら上層への道を探していく。


『せっかくだからもう少し強い獲物でも探そうじゃねえか』

「冗談じゃない。こんな状況でよくそんな考えが出てくるな……」


 好戦的な魔剣の言葉を流しつつ、足首まで沼の中に浸かりながら歩いていた。


 そのときだった。前方の樹影から大きな魔物がふらふらと出てきた。俺は近場の大岩に身を隠す。


「っ、グールオークか」

『おお、斬りごたえのありそうな奴が出てきたな』


 でっぷりと太った腹部に、下顎から生えた二本の大牙。通常のオークとは違い両手の爪が発達しており、鉤爪のような形状を成している。だが彼らの一番の特徴といえば、人肉を好んで食すという恐ろしい習性だ。


 グールオークがいるということは、ここは30階層の可能性が高い。DランクからCランクに昇格する手前の冒険者が多く活動しているエリア。中堅のなかでも中の上といった彼らの狩場だった。


 だが俺にとってはグールオークは手に余る敵だ。知識としては知っていたが、実際に対峙したことはなかった。


『おい隠れてるだけかよ!』

「今の状況分かってるのか? 罠に落ちて自分の居場所も分からなくなってるんだぞ、交戦するべきじゃない」


 幸い、グールオークはこちらに気づいていないようだった。奴が過ぎるのを待って、反対方向へ逃げよう。そう考えて待っていた。


 しかしその時、洞窟内に大きな甲高い破裂音がした。


 この音には聞き覚えがあった。


「救難信号……近いな」

『お。強そうな気配がするな、行ってみようぜ!』

「いやだから戦わないって」


 救難信号が出たということは、この階層の冒険者でも処理しきれないトラブルが発生した可能性が高い。俺は30層の冒険者と比べると実力的には劣っている。行ったとして戦力になれるかは分からない。


 ただ一方で、ほかの冒険者も今の音を聞いているはずだ。彼らの手助け程度ならこなすこともできる。一度、様子を見るだけ見てみよう。そう考えて立ち上がった。


『よっしゃ、やっぱその気になったか?』

「戦うわけじゃない。ただ、俺にできることがあるならやりたいだけだ」


 昔、俺は救難信号を使ったことがある。例のエキドナとの戦いだ。あの時は間一髪でほかの冒険者が駆けつけてくれて助かった。その人は今の俺と同じくらいの歳で、ランクもDだった。だから俺にもできることがあるかもしれない。


 音の方向へ向かう。湿地帯は数カ所が断崖になっている箇所があり、その下には同じような沼地が広がっているはずだった。断崖を流れ落ちる滝の近くから下を見た。


 最初に目に飛び込んだのは白い冷気。続けて大きな影と、凍てついた沼地だ。


 鋼じみた煌めく鱗に、羊のような逆巻く二本角。四肢の凶悪な鈎爪、長大な蛇を思わせる胴体。尾の先端は二又に裂け、鋭利に尖っていた。


 フロストワームだ。深層に出現する氷の竜の幼体で、確か38階層以降に生息する危険性の高い竜種。このダンジョンで最初に遭遇する竜種で、パーティであればCランク相当、ソロであればBランクは最低でも必要と言われている。


 なぜここに……おそらくエキドナと同じく自身の住み家を何者かに追われて出てきたのか。しかし、俺の目を引いたのはそちらではなかった。


「な、なんでここに……あいつらがいるんだ」


 剣士のルーク。

 魔術師のジェミリー。

 白魔道士のレイモンド。

 重戦士のブライン。


 冒険者パーティー「蒼き風」の面々がフロストワームと対峙していたのだ。


 彼らの背後には負傷した別のパーティーの二人が倒れていた。状況を見るに、先に彼らがフロストワームに襲われているところに「蒼き風」の四人が救援に入ったのかもしれない。救難信号を出したのがどちらなのかは分からないが、とにかく今の状況は非常に危険だ。


 すでに何度も交戦したあとだと見え、前線を引き受ける重戦士のブラインは肩や脇腹から出血しており、大盾に寄り掛かるようになっていた。


 遊撃を務める剣士のルークと後衛の魔術師ジェミリーがフロストワームの目を逸らすために動き、白魔道士のレイモンドがブラインへ治療の祈祷をおこなっている。


『はっは! ようやく大物が出てきたって感じだな!』

「……魔剣、あれを足止めすることはできるのか?」

『足止めだ? んなことより倒すって選択肢はないのかよ』

「どう考えても手に負えないだろ、今の俺たちじゃ!」


 その時だった。フロストワームがその巨大な口を高らかに掲げ、氷の魔力を凝縮した塊を生成していた。おそらく奴のメインウェポンだ。


 魔術師のジェミリーが炎魔法で応戦しようとする。しかしフロストワームが二又の尻尾を沼地の水面に叩きつけ、巨大な波を発生させてその照準をくらませた。間に合わない。


「まずい!」


 気がついたときには魔剣に水の魔力を流し込み、「封刻」を発動させていた。たった五秒の停滞だ。できることは限られている。


 だからやったことは単純だ。魔剣の魔力を最大限に引き出して炎弾を作り、奴の口内に目がけて放った。おそらくジェミリーも同じことをしようとしたのだろう。直撃と同時に時間の停滞が解け、轟音とともに凝縮されていた氷塊が破裂する。


 高温で溶解した氷が蒸気となって広がった。フロストワームの絶叫が空間を揺さぶる。短い隙だが、おそらく次はない。俺は霧の先にいるであろう六人に向かって大声で呼びかけた。


「逃げろ! 足止めは引き受ける、負傷者を運べ!」

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