第5話 おっさん、魔剣の剣技を学ぶ
「22階層……ここまで来れば人もそこまで多くないし、なんとかなるだろ」
迷宮中層、22階層。冒険者時代、俺は長らくここでリザードマン退治をしていた。彼らは初心者から中級者へ上がる際の壁であり、上級者であっても油断していれば足元を掬われる存在だった。だが、攻略法さえ分かっていればいいカモになる。
リザードマンの出現階層は22階層から26階層だが、そのうち23階層以降の地形は湿地帯になっていて非常に戦いづらい。リザードマンは水上バフが存在するため水場だとかなり厄介な相手になる。
しかし22階層は通常の洞窟エリアで、地形による不利を無視することができた。ここは境界層と呼ばれる階層で、ダンジョンの植生や地勢の境目なのだ。
ゆえにここは中級者の稼ぎ場でもあるのだが、階層そのものも広いために場所を選ばなければ他の冒険者とバッティングすることも少なかった。
「道中の奴らも薙ぎ倒していくし……お前、めちゃくちゃすぎるだろ」
『はっは! 雑魚倒したくらいで何言ってやがる、オレの力はこんなものじゃねえぞ!』
リザードマンを探しながら俺は歩く。彼らは群れではなく単体や少数で行動することが多いため、ソロでも狩りやすい相手だったりする。
岩陰になにかが蠢いているのが見えた。リザードマンは温度変化に弱い。アミュレットを着けた左手を構えて、氷魔法を放つ準備をした。
だが、俺の前に現れたのはまったく思ってもみない相手だった。
「っ、エキドナ!?」
エキドナ。上半身が女性、下半身が大蛇の魔物。本来は24階層から31階層までの区画にしか出現しないはずの存在。それがなぜここにいるのか。
おそらく、他の冒険者がうち漏らした魔物の可能性が高い。自身のテリトリーを追われて人里に降りてくる獣のように、この階層まで迷い込んできたのだ。
怖気をふるった。俺は昔、エキドナに殺されかけたことがある。初めての24階層、リザードマンたちから必死に逃げて辿り着いた小さな洞穴のなかで遭遇したのだ。あの瞬間ほど冒険者になったことを後悔した時はなかった。
『へえ、ちょうどいい相手じゃねえか。よし、こいつを練習台にするぞ』
「クソ、もう二度と会いたくなかったってのに……!」
『いいからオレの話を聞け、ジェイク。今から「剣技」の使い方を──』
魔剣の言葉が終わらないうちに、エキドナが猛烈な速度で尾を振るってきた。俺は慌てて転がりながらやり過ごす。
「くっ!」
『ジェイク、水魔法の感覚でオレに魔力を注ぎ込め!』
「なんで!」
『店でランプつけるときにも魔力を入れていただろ! あれと同じ感覚だ!』
同じ感覚と言われても、そう思ったが体は先に反応していた。言われたとおりに水の魔力が魔剣に与えられ、そして次の瞬間、世界が止まったような感覚に包まれた。
「…………あれ? 止まってる?」
本当に停止していた。
世界が水中に沈んだように薄暗くなり、すべてが止まっている。いや、よく見ると動いているが非常に遅い。その中で俺だけが動くことができるようだった。
『これが第一の剣技、封刻だ』
静寂のなか魔剣が告げる。
第一の、ということは他にも似たような力があるのだろうか。
はっきり言ってこれだけでも便利すぎる。あれだけ恐ろしかったエキドナの動きさえ今はカタツムリのように遅い。
「お前、こんな力──」
その時だった、急速に時間が戻り、エキドナの尻尾が振り下ろされる。
「うわっ!?」
全力で横っ飛びに回避する。
『今のオレとオマエじゃ持って五秒ってところだな。共鳴はしてるが持続性が足りてねえや』
「制限があったなら先に言ってくれ!」
相変わらず後出しの情報に辟易としながら叫ぶ。
もう一度「封刻」とやらを使おうとしたが発動しなかった。
『この感じだと冷却期間は一〇秒くらいだが、長く使うとそれだけ伸びる。気をつけろよ』
「くっ、今は逃げるしかないってか!?」
エキドナの猛攻をしのぎながら逃げ回る。
「そろそろか!?」
『ああ、魔力よこせ! ──封刻』
再び時間が遅延する。五秒の猶予。俺は全力で駆け出し、すぐさまエキドナの首元へ剣を突き立てた。
直後、時間の流れが戻る。首元に剣を突き立てられたエキドナは尾を痙攣させながら絶命していた。
「……倒せ、た」
『ま、こんなものだ。どうよ、オレたちならもっと深い階層まで行けるんじゃねえか?』
「いや、まだ無理だろ……」
確かに凄い便利な力だが、それだけで戦えるほど甘い世界ではない。
「というか剣技って、剣使ってないじゃないか」
『うるせえ! オレの力なんだから他にねえだろ!』
それにしても、と俺は思う。
「こんな技がほかにもあるってのか? お前、どこまで無茶苦茶な存在なんだ」
『まあ今は第一の剣技だけだけどな。オレとオマエの共鳴が進めばほかの五属性の剣技も使えるだろうよ』
今の「封刻」は水の魔力。魔剣の言葉から考えると、魔力の属性に対応した剣技が存在するのだろう。つまり火、水、雷、氷、土、風の六属性だ。人間なら誰しも多かれ少なかれ六つの魔力を持っているものだ。
「あ、今はこれだけなのね……」
『ああ? なんだ最初っから全部使えると思ってたのかよ』
「いやお前の口ぶり的にもっと色々できるのかと」
『はん! もっとオレの力が欲しいならもっとダンジョンに潜ることだな!』
「いやそれは別にいい。何度も言うが、俺は古装備屋を継ぐんだ」
魔剣の力は確認できたし、ダンジョンに潜って魔物を斬り倒したいという彼の要望も十分に叶えただろう。
俺は剣を鞘に戻すと、踵を返した。
「とりあえず戻るぞ。明日も仕事なんだ」
だがその瞬間、足元で何かが発光した。
「っ!?」
『お?』
幾何学的な流線形の模様。光は一瞬だった。気がつくと地面が切り取られたように消失し、暗い闇の底が見えた。
「落下罠だと!?」
ダンジョンには不可視の罠がいくつか存在する。10階層から確認できるが、特に20階層付近から現れやすくなる。中層以降では魔物との戦闘に加えて罠の警戒が最重要だった。
落下罠はその名の通り上に乗った人間を下の階層に落とすもの。ただし落下距離は限定されず、落ちる階層は1階層分だけとは限らない。運が悪ければそのまま落下死、もしくは魔物の正面だ。
叫びながら落ちていき、大きな水柱を立てる。今回の落下場所は水面だったようだ。幸い岸辺は近くにあったので急いで乗り上げた。
水を吸って重くなったマントを絞りながら息を吐く。
「迂闊すぎた、色々ありすぎて罠の警戒を怠っていた……」
『ははは! 面白くなってきたな!』
スリルジャンキーのような魔剣の言葉にうんざりしながら周囲を見回した。
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