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第3話 おっさん、魔剣の声を聞く

『やーっと共鳴したか。遅咲きってレベルじゃねえぞ!』

「え? え?」

『二〇年だぞ、二〇年! どれだけ待たせるんだオマエは!』


 信じがたいことが起きていた。


 頭のなかに響くような謎の声。その声の主はまさかの相棒である剣だと言っているのだ。


 一瞬、本当に剣が喋っているのかと真面目に思ってしまった。だが普通に考えれば俺の頭がおかしくなったか、何者かの悪戯だろう。


「……あーわかった。誰か幻覚系の魔法でからかってるんだな。ったく、無駄にクオリティの高い悪戯しやがって」

『違うっての!』

「あんまりしつこいなら衛兵に通報するぞ」

『嘘じゃない、二〇年前に鉄くずの山の中からオマエに拾われた状況だってオレは言えるんだぞ!』

「な、なんでそれを」


 この剣は店で手に入れたものでもなければ誰かに譲り受けたものでもない。ダンジョンのなかで偶然にも手に入れたのだ。しかし、入手したときの状況は誰にも言ったことがなかった。


『それだけじゃねえ。オマエがエキドナに危うく殺されかけたときのことも、後輩のガキを助けようとして深淵に飛び入ったこともオレは説明できる。ここまで言っても幻覚や魔法の類だって思うのか?』

「そ、それは」


 次々と自分の過去を言い当てられて、俺は背筋が凍るような感覚に襲われた。


 この声が言っていることは今のところ本当だ。少なくとも第三者の悪戯ではないのかもしれない。しかし、悪戯でないとしたら……。


「……わかったよ」

『納得したか?』

「ああ」


 寝よう。明日の朝は早いんだ。


 俺自身が作り出した幻覚の可能性が高い。うん、きっとそうだ。


 再びベッドに横たわった。


『寝てんじゃねー!!』

「うわっ!?」


 脳を揺らすような音量で速攻叩き起こされる。今の衝撃はとても幻覚とは思えなかった。額を抑える。


「信じたくない……俺が今まで丹精込めて手入れしてきた武器からこんなガラの悪い声がするなんて」 

『喧嘩売ってんのかテメェ!』

「知性の欠片も感じない……」

『コロス!』


 言葉遣いはともかく、やり取りは円滑だった。どうやら本当に剣から声がしているらしい。俺は樽のなかから剣を引き出した。


「長年可愛がってきたペットが急に汚い言葉を話したらがっかりするだろ?」

『知るかよ!』


 どういうわけだか不明だが、俺の剣には意思があったらしい。二〇年も使い古した愛剣に隠された衝撃の真実であった。


『それで、これからダンジョンに行くんだろ?』

「は?」


 喋る剣は続けてそんなことを言ってきた。いま何時だと思っているんだ? とっくにお月さまが出ている時間だぞ。


「いや、寝るよ」

『なら、明日からダンジョンに行くんだな?』

「明日は仕事だが」

『ならその次の日に……』

「待て、俺の剣なら知ってるだろ。俺はもう冒険者を引退したんだ」


 俺はそもそもすでに冒険者ではない。この剣が俺が長年使ってきた相棒なら理解していると思っていたが。


 受け入れられないといった声色で剣は言った。


『ダ、ダンジョンにはもう行かないのか?』

「ああ」

『なぜ!?』

「体が追いつかない、俺はもう四〇だ」

『オレの力があれば歳なんて関係ねえ、生涯現役だ!』

「いや、だとしても冒険者はいいよ。店があるし」


 たとえ冒険者として現役で戦えたとしても一度身を引いてしまっている。後輩からは気持ちよく送り出してもらったわけだし、親父にもこれからは店の手伝いをすると伝えてある。今さらそれを覆すのも迷惑だろう。


『冒険しに行けよ! 冒険者だろ!』

「聞けよ! もう引退したんだって、先週! 後輩に餞別まで貰ったのに今復帰したら気まずいだろうが!」

『知るか! せっかく共鳴したのに勿体ねえなぁ、そんなだから独身なんだ!』

「関係ないだろ! というか共鳴って何なんだ、さっきから」


 意味の分からない状況が多いだけにスルーしていたが、最初のほうから何度か聞いていた言葉だった。こういうものは訊ねておかないと後々面倒なことになる。


『オレの声が聞こえるようになったんだから共鳴したに決まってるだろ!』

「だからその共鳴が分からないんだ!」

『オレの力を共有できるようになったんだよ、オマエは!』


 剣の力……? いまいちイメージが湧かずに首をひねる。


「力ってなんだ」

『オレには六つの剣技があるんだよ。オマエはそれを使う資格を得たんだ』


 そう、なのか。両手に目を向ける。特筆して変わったような部分はない気がする。


 剣はそんな俺の懐疑的な視線を気にすることなく言葉を続ける。


『本来、オレと一緒にいる奴はさっさと死ぬか共鳴するかどっちかなんだ。でもなぜかオマエは共鳴しないまま生き続けて二〇年も経っていた。オマエが死なないと次の持ち手が見つからねえし困ってたんだが、今になって共鳴しやがってこの野郎……遅すぎるだろうが!』


 ……つまり本当はもっと早くに死ぬか、声が聞こえるかの二択だったというわけか。なぜか俺にはどちらも訪れることなく時間が過ぎ去っていった。こいつは持ち主が変わらないせいで毎日を悶々と過ごし、鬱憤を貯めていた、と。


 俺のせい、なのか? いや別に誰のせいでもないと思うが。俺に知るすべはなかったわけだし。こいつには不幸な事故だったと考えてもらいたい。


「お前は持ち主と共鳴ってのをしないと満足に力を出せないし会話もできないってことか……なんでだ?」

『知るか。気づいたらこんな風になってたんだよ。可哀想だろ?』


 いや、どうだろうな。


 意識はあるけれど自分で動けず、強い力があるけれど自分だけでは一切引き出せない、というのは確かに哀れだとは思う。だけど合わない持ち主を殺すのはちょっと、いやかなり邪悪では? まあ、本人にその気がなくパッシブで発動しているならどうしようもないが。


 そう考えると、確かに少し哀れなのかもしれない。


 魔剣は生き生きとした声で言った。


『今まではナマクラ同然だったが、これでようやく本来の力を発揮できるってわけよ』

「いや、今までも引くほど頑丈だったと思うぞ」


 二〇年間大した修復もせず、日々の手入れだけでここまでこれたのは常識外れの頑丈さのおかげだ。ここだけは共鳴前から明らかに他の武器より優れていた。


「まあ、事情はわかったよ。ただの頑丈な剣じゃなかったんだな、お前」

『魔剣をその辺のガラクタと一緒にするんじゃねえ』


 剣ではなく魔剣らしい。


『さて、わかったならダンジョンに──』

「いや行かないぞ」


 俺は即答した。こいつはどれだけダンジョンにこだわりがあるんだ。


『力を試してみたくないのか!?』

「逆に聞くが、なんでそこまでダンジョンに行きたがるんだ」

『そんなこと決まってらぁ、魔物どもを斬り殺すためさ!』


 二〇年放置されたせいか、はたまた生来のものか、非常に物騒な性格の魔剣だった。


「そうか。悪いが俺はダンジョンに潜る予定はない。再三言っているが俺は冒険者を引退したんだ」

『何度だって言うがオレはダンジョンに行きたいぜ!』


 本当に人の話を聞かない魔剣だった。まさか愛剣がここまでのじゃじゃ馬だったとは思ってもみなかったぞ。


 俺はベッドに横になり、今度こそ目を閉じた。多少うるさくされても休むと決めていた。


『く、こうなったら』


 その時、魔剣の小さな呟きがぽつりと聞こえた。


「な、なんだ、気持ち悪い……」


 しばらくすると急に吐き気のような感覚が襲ってきた。目を開くと、天井の景色が明らかに歪んでいる。


『オレを使わないならオマエの体にどんどん魔力をぶち込んでいってやる。さあ諦めてオレを握れ、そしてダンジョンで魔物を殺せ!』


 とんでもない脅しをしてきやがった。そんなことできたのか……いや、今までしてこなかったということは、共鳴したことで可能になったのだろうか。だとしたら一生共鳴するんじゃなかった。


「はた迷惑すぎるだろ!」

『魔剣だからな』


 開き直っているところが憎たらしい。


 魔剣は勝ち誇った声色で俺に告げた。


『さあ、オレを使ってダンジョンで暴れるか、ゲロまみれの夜を過ごすか。どっちか選べ!』

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