第11話 おっさん、新人に世話を焼く
どうしよう……。
勘定台の裏に立ちながら、俺は横目で一人の客を見た。
小柄な少年が防具棚の前で悩み続けている。籠手や鉄靴を手に取っては戻し、革鎧を裏返しては微妙な顔をしていた。
俺は声をかけるべきか迷ったが、結局聞いてみた。
「何かお探しですか?」
「え? あ、いや」
「もし欲しいものがないのであれば地下室にも在庫がございますが」
「だ、大丈夫です!」
小一時間はこの状態だ。何か欲しいものがあるのかもしれないが、言ってくれないと分からない。
線の細い体つきを見れば荒事に慣れていないのは丸分かりだった。
十中八九、新米の冒険者だろう。
資金が足りないのか、欲しいものがないのか。こういった客はたまにいる。
急かすつもりはないのでゆっくり選んでくれていいのだが、俺が話しかけるとどうもプレッシャーになってしまうようだ。
もう放っておこう。そう考えて魔剣の手入れに移った。
『へへ、お前って割と強面だからな。話しかけるとガキが泣くぜ』
そんなことはないだろ。反論したいが、魔剣の声は周囲に聞こえていない。俺が急に独り言を言い出したらいよいよ怖がらせてしまう。
『にしてもこの店はよくガキが来るな。あと金のないゴロツキか』
この辺りの店はとにかく安価なことが取り柄だからな。金持ちが多いのはもうちょっと表のほうだし。
『オマエが喋らないと暇だな。ついこのあいだまで似たような感じだったのが懐かしいぜ』
そうかい。まあ俺は静かなほうが好きだけどな。
「あ、あの」
魔剣のくだらない戯言を聞き流していると、例の少年がひかえめに話しかけてきた。
どうやらついに相談してくれる気になったようだ。
「──新品の剣か中古の安い防具一式、どちらにするか迷っていると」
「は、はい。今の手持ちだとそれが精一杯で」
『剣に全ベッドに決まってんだろ! 攻撃こそ防御! 防具なんざ飾りだ!』
魔剣の戯言は無視するとして。
つまりこういう話だった。
彼はやはり最近活動を始めた冒険者らしい。懐の資金はそこまで潤沢ではなく、現在はギルドから格安で買い取った古い長剣と革鎧を使っているがどちらも心もとない。
できることなら両方に回したいものの今の手持ちでは叶わないため、非常に迷っていたと。
戦闘スタイルは前衛の剣士で、今は上層のゴブリンを狩って少しずつ日銭を溜めているという。
彼の話を聞き終わってから自分の所見を述べた。
「経験から言わせてもらえば、いきなり一式揃えるのは止めておいたほうがよろしいかと」
「え、そうなんですか」
「ええ。革鎧だけだとどうしても不安になる気持ちは分かりますが、急に装備をがらっと変えると体が慣れるまで時間がかかってしまいます。その間まともに稼げる保証はありません」
初心者にありがちなこととして、とりあえず防具を全身揃えようとしてしまうことが挙げられる。実際にはかなり危険なことだ。
「一度着てみれば分かると思いますが、全身防具は疲労の溜まり方が段違いなんです。それに動きも重くなる。今のあなたの体格だと厳しいかと」
正直、彼の体はまだ未発達だ。防具の重さに耐えながら魔物との戦闘に集中できるかというと、少々難しいと思ってしまう。
重い鎧は棺桶と同じだ。それならいっそ身軽な状態で動いたほうが生存率は上がる。
「なら、やっぱり武器を新調したほうが……」
「それでも良いと思います」
俺は首肯する。
「ただ避けたほうが良いのは防具一式をいきなり揃えることです。兜でも籠手でも足甲でも一、二か所だけ着けておくことはむしろ推奨しますね」
「な、なるほど」
重量上げと同じだ。急に大きな負荷のなかで動けば不慮の事故や怪我に繋がる。身の丈に合わない防具に殺されることだけは避けるべきなのだ。
「あと、予備の剣については検討しておいたほうがいいかもしれません。ダンジョンの魔物は半端な武器をへし折ってくる敵もいるので、いざって時にあるだけで安心感が違いますね」
「あ、ありがとうございます……」
恐縮するように少年は頭を下げた。
しまった、聞かれてもないことをつい話してしまった。昔からこういうお節介を焼いてしまうところが俺の悪癖だというのに。
「ちなみに新しい剣はどこで買う予定でしょうか?」
「その、ベルファスト工房の鍛造品で……」
「ああ」
ベルファスト工房はギンカ通りという中堅冒険者御用達の路地に存在する鍛冶屋だ。中堅が多いとはいえ新米向けのものも無いわけではなく、先の鍛冶屋は新人サポートにも力を入れている。
確かにあの工房の仕事は質がいいし、アフターサービスもしっかりしているから評価が高い。俺も駆け出しに鍛冶屋を紹介しろって言われたらベルファスト工房を選ぶだろう。
その後も少年の相談に乗ったり彼の体格に合ったサイズの防具を見て回ったりしながら、時間は過ぎていった。
「あの、色々と相談に乗ってくださりありがとうございました。僕、頑張ります!」
彼は小さな籠手を抱えて少年はお辞儀した。話を聞いていくうちに、とりあえず今一番欲しいのは両手を保護する防具だということが分かったからだ。
余った残りの資金は貯金して、近いうちに新しい剣を調達するという。来店したときよりこの先の展望が鮮明になったようでなによりだった。
「お買い上げ、ありがとうございました」
夕日のなか、石畳の坂を登っていく少年の背中を見送った。
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