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「……ひぃっ、助かった……。あのまま衛兵に引き渡されたら、僕の心臓は対人ストレスで爆発するところだったよ……。……お礼と言っちゃなんだけど、僕、実は……すごい建築魔法が使えるんだ。一晩あれば、立派な城だって建てられるよ?」


宿の狭い部屋の隅で、ボロ布を被ったまま震えていた賢者が、消え入りそうな声でとんでもない提案をした。

その瞬間、コウタの目が今日一番の鋭さで見開かれた。


「……あ、やべー。……ガチの賢者じゃないっすか。……建築魔法一発で城が建つなら、人件費も資材費もゼロ。……タイパの極みっすね。……カナさん、今すぐこの人に図面渡してください」


コウタは即座に計算を開始した。

このコミュ障の賢者さえいれば、泥濘の地が明日には王都に変わる。

だが、そんな家来の合理的判断を、カナは鼻で笑い飛ばした。


「ハッハッハ! 愚かねコウタ! 建築ってのはね、魔法でパッとやるような、そんな味気ないものじゃダメなのよ!!」


カナは接着剤まみれの王冠をビシッと直し、水着姿で腰に手を当てて断言した。


「私の城はね! 全て、名もなき職人が汗水垂らして、一つ一つ石を積んで手作りで作らないとダメなのよ! 魔法で建てた城なんて、インスタントラーメンと同じ! 王の威厳がスープのように薄まっちゃうじゃない!!」


「……なっ、何言ってるんすか!? 職人を集めるだけで何ヶ月かかると思ってるんすか! そもそも、この『天才』賢者さんを使わない手はないっすよ!!」


「却下よ! 苦労して建てたっていう『物語エピソード』が重要なの! ゴツゴツした不揃いな石壁こそが、覇道の証なのよ!! さあ、賢者! 貴様は建築魔法なんて封印して、今すぐ山へ行って石を一個ずつ運んでくる作業から始めなさい!!」


「……嫌だぁぁ!! 魔法使いに肉体労働を強いるなんて、この女、悪魔より酷いよぉぉ!!」


「……あ、いっす。……もういいっす。……効率化のパッチ、完全に弾かれたっすね。……カナさんのその『無駄なこだわり』のせいで、建国がまた数十年単位で遅れるっす」


コウタは天を仰ぎ、賢者は再びボロ布を被って丸くなった。



「にししし! 見てなさい二人とも! 職人たちの魂を揺さぶるのは、金や魔法じゃない! この私の、溢れんばかりの情熱とカリスマよ!!」


カナは、嫌がるコウタとボロ布を被ったままの賢者を引き連れ、街の外れにある「土木職人ギルド」の溜まり場へと乗り込んだ。

水着にマント、そして接着剤が白く浮き出た王冠。

そのあまりにも「現場」からかけ離れた出で立ちに、休憩中だった職人たちが一斉に顔を上げた。


「……あ、いっす。……カナさん、足元見てください。……あそこの職人さんたち、予算不足と人手不足で、今にもログアウトしそうな死んだ目をしてるっすよ。……迂闊に近づくと、愚痴のバフを食らうっす」


コウタの忠告も虚しく、カナは資材の山の上に飛び乗った。


「そこの諸君! 貴様たちの苦しみは理解しているわ! タイパだのコストカットだの、そんな矮小な数字に追われる日々は今日で終わりよ! この私、覇王カナの城を、手作業で! 予算度外視(精神論)で! 一石一石魂を込めて積む名誉を授けてあげるわ!!」


「…………は?」


親方らしき屈強な男が、鼻の頭を掻きながらカナを凝視した。


「お嬢ちゃん、悪いが今それどころじゃねえんだ。木材の価格は跳ね上がり、若手はきつい仕事ハードワークを嫌がって逃げ出しちまう。……城? そんな夢みたいな話、腹の足しにもなりゃしねえよ」


「なっ……! 夢こそが腹の足しじゃない! 貴様たちのガッツはどこへ行ったのよ!!」


「……あ、いっす。……親方さん、すみません。……カナさん、今この人たちに一番必要なのは『ガッツ』じゃなくて『前払い金』と『まともな工期』っすよ。……現実のデバッグしてください」


コウタは賢者のボロ布を掴んで前に突き出した。


「……ほら、賢者。……カナさんが『手作り』にこだわってる間、こっそり魔法で資材の強度を上げるとか、運搬を自動化マクロするとかして、コストカットの裏技チート見せてやってください。……じゃないと、この人たち過労死するっす」


「ひっ、……ま、魔法なら……。資材の重さを十分の一にするくらいなら、対人接触なしでできるけど……」


「それよ! 貴様、私の美学に泥を塗るつもり!? 全力で運びなさいよ、筋肉を使って!!」


カナがトングを振り回して吠える中、職人たちは「また変なのが来た……」と、より一層深い溜め息を吐いた。



「ちょっと、いつまでもボロ布に包まってないで! 賢者、あんたがその根性とガッツで、この疲弊した連中をどうにかしなさいよ!! 建築が得意だって豪語していたじゃない!!」


カナは、資材の影で震えている賢者のボロ布をひっ掴み、無理やり職人たちの輪の中へと引きずり出した。

現場に漂う重苦しい空気と、職人たちの「また厄介なのが増えた」という刺すような視線が、賢者の対人ゲージを一瞬でレッドゾーンに叩き込む。


「ひっ、ひぃい……! 無理、無理だよ……! 僕は設計図と対話チャットはできるけど、生身の人間リアルと目を合わせるなんて……っ、脳の回路が焼き切れる……!!」


賢者は顔を真っ赤にして、泡を吹きながら地べたに蹲った。

そのあまりの情けなさに、コウタは頭を抱え、親方たちは「なんだこいつは……」と呆れ顔でスコップを置く。


「ムキーッ!! 何よその情けない反応は!! おい、そこの疲れた職人ども! このコミュ障を、とりあえず仕事場(現場)へ連れて行くわよ!!」


カナは、腰を抜かした賢者の両脚を掴むと、そのまま「物」でも運ぶかのようにズルズルと泥の上を引きずり始めた。

水着姿の少女が、ボロ布の塊を牽引して工事現場へと突き進む。

その光景は、もはや建国というよりは、新手の強制労働にしか見えない。


「……あ、いっす。……カナさん。……それ、連れて行くっていうか、ただの『廃棄物の不法投棄』に見えるっすよ。……職人の皆さん、引いてるじゃないっすか」


「黙りなさいコウタ! 現場の風(埃)に当たれば、こいつの根性も叩き直されるわ!! さあ職人たち、この男を一番過酷な……そう、石を高く積むところに放り込みなさい!!」


「……あ、いっす。……賢者さん、白目剥いたまま固まってるっすね。……職人さん、これ一応『最新の人材(デバッグ用)』なんで、適当に高いところに置いといてください。……たぶん命の危険を感じれば、勝手に建築魔法を暴発させるっす」


コウタは半ば投げやりに、賢者の背中に「取扱注意」というメモを貼り付けた。


「コウタ! 貴様もそこでのんびり解説してんじゃないわよ! いつもタイパだのコスパだの、姑みたいにうるさいんだから、そういうのは貴様の領分(仕事)でしょ!!」


カナは賢者の足を職人の親方にパスすると、今度はトングの先をコウタの鼻先に突きつけた。

水着姿で仁王立ちし、夕日を背負って言い放つその姿は、責任転嫁の極致にありながら、不思議と堂々としている。


「……あ、いっす。俺、建築の専門家プロじゃないんすけど。……てか、予算も資材もカナさんが『気合ゼロ』で済ませようとしてるから、計算以前の問題っすよ」


「何を言ってるのよ! 貴様のその、無駄に回転の早い脳みそを使いなさい! 職人たちのやる気を削らず、かつ私の美学(手作り)を損なわず、それでいて明日には私の寝室が完成しているような……そんな魔法のパッチを当てなさいよ!!」


「……それ、魔法っていうか、ただの無理難題っす。……あ、いっす。……分かりましたよ。……やればいいんでしょ、やれば」


コウタは大きく溜め息をつくと、懐からいつもの端末(ログ用)を取り出し、現場全体のスキャンを開始した。

彼の視界には、職人の疲労度、資材の劣化具合、そして足場の上でガタガタ震えている賢者の魔力残量が、効率的な数値として浮き上がる。


「……職人の皆さん。……今から俺が指示する順番で石を置いてください。……賢者が恐怖で漏らしてる魔力を、俺が中継プロキシして資材の重力制御に回すっす。……これで、皆さんの筋肉への負荷は九割カットっす。……まさにタイパの極致っすね」


「なっ、何それ! ズルじゃないの!? 私の『手作りの苦労』が減っちゃうじゃない!!」


「……あ、いっす。……カナさん。……これ、職人さんが『自分の手で置いてる』ことに変わりはないんで、定義上は手作りっすよ。……文句があるなら、カナさんが今すぐその細い腕で、一トンの岩を抱えてください」


「……いいわ、許可してあげる! 効率化もまた、覇王を支える家来の務めだものね!!」


コウタの冷徹な采配が始まると、停滞していた現場がまるで精密機械のように動き出した。




「……お、おい。なんだか知らねえが、急に仕事が捗りやがった。……これなら今日中にケリがつくぞ!」


コウタの精密な重力制御と賢者の(恐怖による)魔力暴発によって、現場のスピードは極限まで加速していた。

そこへ、今回の工事の本来の依頼主である「受注先の商会長」が、数人の護衛を連れて視察に現れた。


「なんだ、もうほとんど終わっているじゃないか。いつもながら早いな、親方。資材高騰で予算を削らせてもらったが、お互い大変な時期だ。……納期を早めてくれた礼に、酒の一樽でも差し入れよう」


商会長が揉み手で親方の肩を叩き、現場に「労働のねぎらい」という、ごく一般的な温かい空気が流れる。

だが、その平穏を切り裂くように、水着の上から上着を翻したカナが、商会長の目の前に飛び出した。


「ちょっと貴様ぁ!! 呑気にねぎらってんじゃないわよ!! この職人たちは今、私の城を作るための『精鋭部隊』に選ばれたのよ! とっとと解散して、私の城の基礎工事に戻りなさいよ!!」


「……な、なんだね、この……水着の……不審者は。親方、君のところの新しいバイトか?」


「ああ、すいません! 申し訳ないっす! 彼女、ただの……その、迷子というか、重度のバグというか……とにかく、関係ない人なんです。すぐに連れて行くんで!」


コウタが慌ててカナの首根っこを掴んで引き剥がそうとするが、カナはトングを振り回して商会長に噛み付いた。


「うるさいわねコウタ! あんた、ねぎらいなんてどうでもいいのよ! この商売人から、今すぐ金と時間をぶんどりなさいよ!! そもそも、私の城を建てるリソースを横取りしていること自体が、銀河法違反なのよ!!」


「……あ、いっす。……カナさん。……銀河法なんてここには無いっす。……あと、この人たちはこの商会長さんから『給料』をもらってるんすよ。……金も時間も、この人が持ってるものっす」


「だったらその財布ごと奪えばいいじゃない!! 覇道にコストカットなんて言葉は無いの! あるのは『略奪』と『徴収』だけよ!! さあ、今すぐその肥えた懐から、私の城の建材費を出しなさい!!」


「……あ、いっす。……事案確定っすね。……衛兵呼ばれる前に、賢者! 現場の石を全部積み上げて壁を作って、物理的に俺らを遮断ガードするっす!!」


「ひ、ひいいいっ! 強盗だ! 強盗が出たぞぉぉ!!」


カナの暴論によって、現場は一瞬で「心温まるねぎらい」から「恐喝現場」へと変貌した。


「コウタ! 絶好の機会よ! この不遜な商人と護衛共を、貴様のその冷徹な計算で一網打尽にしなさい! 私の建国資金を、今すぐここへ強制徴収ドロップさせるのよ!!」


カナは商会長の鼻先にトングを突きつけ、背後のコウタに「皆殺し(あるいは全滅)」のサインを送った。

商会長の傍らに控えていた二人の護衛が、不審者カナの度重なる無礼に対し、ゆっくりと剣の柄に手をかける。

周囲にはピリついた殺気が漂い、現場の空気は一触即発の事態へと陥った。


「……あ、無理っす。……俺、平和主義のタイパ勢なんで。……わざわざ報酬も出ない戦闘イベントで、無駄な体力と魔力を消費するのはコストに見合わないっすよ」


コウタは、抜剣しようとする護衛たちの動きを冷静に観察しながら、一歩、また一歩と出口の方へ後ずさりした。

彼の瞳には、戦う意志など微塵もなく、「いかにこの面倒な場を離脱するか」という脱出経路の計算ログだけが走っている。


「……なっ、何を言ってるのよ! 家来なら、主人の尊厳(財布)のために命を懸けなさいよ!!」


「……あ、いっす。……尊厳より、衛兵に捕まって履歴書ステータスにバツがつく方がよっぽど尊厳に関わるっす。……じゃ、俺は戦術的撤退(逃走)に入るんで。……カナさんも、捕まりたくなければ、そろそろその短い足、全力で回したほうがいいっすよ」


「な……ななな……!! ま、待ちなさいコウタ! 私を置いてい……きゃああああ! 護衛が! 護衛が抜いたわぁぁ!!」


剣の鞘が鳴る音に、カナの「覇王モード」は一瞬で霧散した。

彼女はコウタの背中を全力で追いかけ、夕暮れの工事現場を、水着の裾をバタつかせながら猛スピードで駆け抜けた。

「覚えてなさいよぉぉ!!」という、敗北者のテンプレ的な叫びだけが現場に空虚に響き渡る。


「……はぁ、はぁ……。……コウタ……貴様、後でじっくり……お説教……よ……」


数ブロック先まで逃げ延び、ようやく息を切らして立ち止まったカナが、肩で息をしながらコウタを睨みつけた。

だが、コウタは周囲を見渡し、何か致命的な「欠落」に気づいたような顔で眉をひそめた。


「……あ、やべ。……カナさん。……賢者、忘れてきたっす」


「…………えっ」


「……足場の上で石を持って固まってた奴。……あそこに置いたまま、俺らだけで逃げてきちゃったっす。……たぶん今頃、商会長さんに『共犯者』としてガッツリ詰められてる頃っすね」


「にししし! い、いいのよ! あいつは『殿しんがり』を任せたのよ! 覇道の礎になるなんて、光栄なことじゃない!!」


「……あ、いっす。その震えてる手、隠してから言ったほうがいいっすよ。さて、どうするっすか? 戻るの、タイパ最悪っすけど」




「……あ、いっす。……カナさん、見てください。……あそこの光景、俺の計算ロジックを遥かに超えてるっす」


賢者を救出すべく、物陰からこっそりと工事現場を覗き込んだコウタが、乾いた声を漏らした。

そこには、商会長や護衛たちに詰め寄られ、無残に処刑されているはずの賢者の姿があった。

……しかし、現実は非情だった。


「……あ、あの……。石材の自重を魔力で相殺しつつ、接合部に……この、硬化魔法を……。……これなら、予算、三分の一で……済みます……」


「おおっ! なんて画期的なんだ! 魔法使い殿、君は天才か! これなら資材費を浮かせて、職人たちの酒代も弾めるぞ!!」


ボロ布を被ったままの賢者が、商会長と親方たちの中心で、たどたどしくも熱心に「コストカットの極意」を伝授していた。

商会長は賢者の肩を叩き、親方は「いい酒が飲めそうだ!」とガハハと笑っている。

そこには、カナたちが介入していた時のような険悪な空気は微塵もなかった。


「な……なによあれ。……なんでアイツ、あんなに馴染んでいるのよ!? 私たちの仲間(覇王の家来)として、もっとこう……冷遇されたり、石を投げられたりするべきじゃないの!?」


カナは物陰で指をくわえながら、信じられないものを見る目でその光景を凝視した。

水着にマントという、自分の「選ばれし者のオーラ」が一切通用しなかった現場で、ボロ布の引きこもりが英雄扱いされている。


「……あ、いっす。……カナさん、気づいてください。……賢者さん、カナさんの『精神論ハラスメント』から解放されて、純粋に専門知識スキルを評価されてるっす。これ、俺らが賢者の『仲間とみなされてない』からこその平和っすね」


「……あいつ、私を差し置いて……! 覇王を置いてけぼりにして、あんな、あんな楽しそうにコストカットの話に花を咲かせて!! 裏切りよ! 密入国ならぬ、密入コミュニティよ!!」


「……いや、密入コミュニティって何すか。……てかカナさん、あの輪に入りたそうにしてますけど、今行ったら確実に警察ガード呼ばれるっすよ。……俺たちの履歴書ステータスは、あそこではもう『不審者』で固定されてるっす」


カナは、自分がいなくても円滑に回り始めた現場を見つめ、かつてないほどの疎外感に打ち震えた。




「……あ、いっす。……カナさん、見てください。……どうやら俺の精密な重力計算も、あっちの親方連中には『最新の管理システム』としてガッツリ評価されてたみたいっすよ」


物陰から様子を伺っていたコウタが、端末を操作しながら呟いた。

賢者が「あ、あの……さっきの怖い人は、えっと……僕の……親戚の……その、迷子で……。……隣にいた人は、僕の管理マネジメント担当なんです……」と必死に弁明したおかげで、現場では「賢者とその有能な助手」という誤解が綺麗に成立していた。


「なっ……! 貴様まで、あんな泥臭い男たちに認められているというの!? 私だけが、私だけがこの世界のバグみたいに扱われているじゃない!!」


カナは地面をトングで叩き、悔しさに身を悶えさせた。

自分の家来たちが着実に現場の信頼を勝ち取る中、主人である自分だけが「水着の不審者」というステータスから一歩も動けていない。


「にししし……! いいわ、こうなったら実力行使よ! 私だって、現場を支える慈愛の心があるってことを見せつけてやるわ!!」


カナはどこからか取り出した「例のパン屋」の、石のように硬く、泥のような色のパンを高く掲げた。


「見なさい! これこそが、覇王が認めた究極の糧! これを職人たちに配って、私の偉大さを……」


「……あ、無理っす。……それ、配った瞬間に『毒物混入』で今度こそ極刑っすよ」


コウタは冷徹に言い放つと、いつの間にか現場の裏口から、ほかほかと湯気の立つ、香ばしい匂いのする「普通の、美味しそうなパン」を山盛りに入れたカゴを抱えて戻ってきた。


「……これ、さっきの商会長さんから『助手の君にも、お近づきの印に』ってもらってきたっす。……職人さんたちにはこっちを配っておくんで、カナさんは大人しくその『暗黒物質パン』でも齧っててください」


「なっ……! 貴様、いつの間にそんな懐柔工作を!! しかも何よそのパン、美味しそうじゃない!! 私のパンと交換しなさいよ!!」


「……嫌っす。……これは俺と賢者さんの分の報酬っす。……カナさんは、自分が選んだその『覇王の糧』に責任持つのがロールプレイっすよ」


カナは、目の前の美味しそうなパンの香りに胃袋を掴まれながらも、意地を張って「暗黒物質」をガリリと齧った。

あまりの不味さと硬さに涙目になりながら、楽しげにパンを分け合うコウタと職人たちの輪を、呪わしげに見つめるしかなかった。



 


「……もう、嫌。……不味い。……硬い。……このパン、岩より密度が高いわ……。……ねえ、コウタ……。……建国なんて、もうやめよっかな……。……私、普通に……お城の……掃除婦とかから……やり直そうかしら……」


カナは、歯が折れそうな「暗黒物質パン」を片手に、今にも泣き出しそうな声で弱音を吐いた。

手に入れたはずの土地は泥にまみれ、家来たちは勝手に有能さを発揮して現場に馴染み、自分だけが水着姿で疎外感に打ちひしがれている。

覇王の心は、このクソマズパンの食感よりも脆く、ボロボロに崩れかけていた。


「……あ、いっす。……じゃあ、カナさんは引退っすね。……ちょうどいいっす。……俺、この土地、一人でリゾート地に開拓しちゃうっすよ? ……呪いを逆手に取った『絶叫・泥沼スライダー』とか作って、入場料で不労所得タイパ生活するっす」


コウタは、もらったばかりのふわふわのパンを齧りながら、他人事のように淡々と「自分の計画」を語り始めた。

その無慈悲な煽りに、カナの瞳に宿っていた絶望の光が、一瞬で「反逆の炎」へと切り替わった。


「はぁぁぁ!? 貴様、何を寝ぼけたことを言っているのよ!! リゾート!? タイパ!? 時代遅れも甚だしいわ!!」


カナは地面にクソマズパンを叩きつけ(地面が少し凹んだ)、コウタの胸ぐらを掴んで揺さぶった。

絶望に沈んでいたはずの表情は、今や「クソゲーの仕様にキレるゲーマー」のような、歪んだ活気に満ち溢れている。


「時代はね! 魔道国家で! 学園都市で! ハイテク工業都市なシムシティなのよ!! 空には魔導列車が走り、地下には超高速の転送ゲートが張り巡らされ、市民は全員私の顔がプリントされたTシャツを着て、最新の魔導デバイスで私の名言(迷言)を拡散する……そんなデジタルな覇道じゃなきゃ、二十一世紀の覇王とは呼べないわ!!」


「……あ、いっす。……急に設定の解像度が上がったっすね。……でもカナさん、今あるのは『泥の湿地帯』と『石を積む職人』と『ボロ布のコミュ障』だけっすよ。……ハイテク要素、どこにもないっす」


「にししし! 無いなら作らせるのが王の仕事よ!! ほら、そこに座っている賢者! 貴様、建築魔法ができるなら、魔導サーバーの構築くらい朝飯前でしょ!? 今すぐこの湿地帯に、光ファイバー(魔力の糸)を敷設しなさい!!」


「……ひっ、……光……!? む、無理だよ……。……僕は、石を……石をくっつけることしか……っ」


「……あ、いっす。……じゃあ、俺が裏でシステムの基盤フレームワーク組むっす。……カナさんは、その『ハイテク学園都市』の予算(金)、どっかから調達してきてください。……まさか、情熱だけでサーバーが動くとは思ってないっすよね?」


コウタの冷徹なツッコミに、カナは一瞬だけ固まったが、すぐに王冠をクイッと直して不敵に笑った。

令和の建国。


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