20 変化
エマはエドワードに助けを求めたくなったが、眠り続けるリリーを見て闘うことを決意した。
闘う勇気をもらえるように、エドワードからもらった左手の指輪を見ると、婚約指輪のブルーダイヤにひびが入り欠けていた。
「いやー!」
エマが叫んだ瞬間、手からまるで大砲のように大量の水が発射し、エマは自分でも驚くほどの威力だった。
エドワードにもらった大切な指輪が傷つけられたショックで我を忘れていたエマは、王宮の廊下の大惨事に気付き顔を引きつらせた。
(廊下がびしょ濡れだわ。どうしましょう!)
いくらで弁償できるかなどと考えていると、この大惨事の原因となった人物のことを思い出した。
(あっ! モーリス!)
エマはモーリスを探すと、30メートルほど先の廊下で倒れていた。
(うん、良し!)
エマは聖女らしからず、モーリスに責任をなすりつけることに決めた。
「エマ! 大丈夫か? 何があった?」
「エド様!」
エドワードがエマの元へ駆けつけ、倒れているモーリスやリリー、びしょ濡れの廊下に唖然としていた。
「あの、えっと……」
「怪我は?」
「ありません!」
「良かった」
エドワードはリリーを抱えるエマをまとめて抱きしめた。
エマのブルーダイヤの婚約指輪は、攻撃を受けると跳ね返す魔法が付与されていた。エドワードはその魔法が発動したことを感じ、エマに危険が迫っていると知り駆け付けたそうだ。
「すみません、大切な指輪が……」
「エマが無事ならそれでいい」
しばらくの間、エマとエドワードは無事を確かめるように強く抱きしめ合ったままだった。
その2人の間にいるリリーはとっくに目が覚めていたが、邪魔できる雰囲気ではなく大人しく待っていた。
「エマ嬢! エドワード!」
ミカエルや他の人たちも騒動を聞きつけて駆け付けると、ようやくエマとエドワードが離れ、リリーはミカエルに心の中で感謝した。
「ミカエル様、すみません廊下が……」
「いや、そんなことはいい。何があった? 怪我はしていないか?」
エマはエドワードに支えられながら、モーリスに襲われて反撃したことを伝えた。リリーもモーリスに眠らされてしまったことを謝罪していた。
気絶しているモーリスは衛兵に捕らえられ、牢に入れられた。
翌日エマとエドワードが魔法研究所の転移ゲートからホークウッド領へ帰る前に、今回の事の顛末についてミカエルから説明を受けた。
モーリスは尋問され、自らの意思で動機を語った。誰かに聞いて欲しかったらしい。
モーリスは魔道具師だ。強い魔力は持っていないが、天才的なアイデアと器用さで一流の魔道具師まで登り詰めた、と思われていた。しかし本当は闇魔法使いだった。
闇魔法については一般に認知されていない。自分は何なのか古い文献で調べ、忘れられた忌むべき存在だと知ったそうだ。
自分の魔法は認められない、隠さなければならない。
モーリスは魔法を封じる魔道具を作って闇魔法を自ら封じ、誰にも気づかれないようにした。風魔法も使えるが主属性ではないので、いくら努力しても初級レベルまでにしか上達しなかった。闇魔法なら上級レベルまで使えるのに。
モーリスは強い魔法使いになりたかった。その力が自分にもある。しかし闇魔法は使ってはならない。
憧れは嫉妬となり、恨みとなり、今回の事件に繋がったそうだ。
「父に黒輝石を飲ませたのもモーリスだったよ」
国王を狙った理由は2つ。
1つ目は闇魔法使いが認められないことへの恨みだった。
2つ目はエマを呼び出すためだった。
国王が倒れればエマを呼び出すと考えたらしい。
「どうして私を?」
「嫉妬だね」
「嫉妬……」
「聖魔法使いは闇魔法使いと正反対で、誰からも敬われ認められる存在だからね」
「そうですか……。モーリスは黒輝石のことを知っていたのですか?」
「それは私のせいでもある」
ミカエルは黒輝石が魔物を惹き寄せるという事実が判明した時に、魔法研究所の副所長であるロベルトと、室長であるモーリスに黒輝石を見せて相談したそうだ。
闇魔法使いが作ったことは言わなかったが、その時にモーリスは闇魔法が関係していることに気付いたらしい。
「ではモーリスが黒輝石を作ったのですか?」
「いや、作り方まではわからなかったらしい。街にある黒輝石を盗んできたそうだ」
モーリスは魔物に効果がある物であれば、体内にいれれば人体にも何らかの悪影響を及ぼすと推察した。そして闇魔法で侍女を操り、国王に黒輝石を飲ませた。
「黒輝石が病や呪いで出来ていると伝えたら笑っていたよ」
「笑っていた?」
「人を呪うことはあっても、呪いを解こうと考えたこともなかったそうだ」
結局モーリスは国王の命を脅かした罪、エマに危害を与えた罪で生涯幽閉となった。通常であれば処刑となるが、闇魔法使いについて知るため、研究に協力してもらうことを条件に赦されたそうだ。
「さて、モーリスのことはそれまでにして。帰る前にエマ嬢に会わせたい人がいる。どうぞ」
ミカエルの指示でレオンが扉を開き、聖女マリアが入室した。
「エマ様!」
「マリア様!」
エマとマリアは仲良く抱き合った。
「昨夜はあまり話せなかったので、エマ様が帰る前にお会いできて良かったです」
「私ももっとお話したいと思っていました!」
自分のことを慕ってくれるマリアのことがエマは大好きで、2人は会話が尽きなかった。そこへ1人の男性が遠慮がちに加わろうとした。伸びた髪を後ろで束ね、野生的な目つきが妙に印象的だった。
(どなたかしら?)
「エマ、すまなかった」
男はそう言ってエマに頭を下げた。
(え?)
エマからマリアが離れ、その男に肘で小突き、「エマ様でしょ!」とたしなめた。
「エマ様、すまなかった。気が済むまで殴ってくれ」
エマが困惑していると、エドワードがいきなりその男の腹部に思いきり拳を突きつけた。
「エド様!?」
「うっ! お前には言っていない……。エマ様、どうぞ」
エマはさらに困惑し、痛そうに呻き腹に手を当てている男と、怒っているエドワードを交互に見る。
「エマ! 思いきりいけ!」
「え!? エド様?」
訳がわからないままエマは男と向き合うと、男は姿勢を戻しエマの攻撃を受け入れる態勢になった。
「あの……どなたでしょうか?」
エマは遠慮がちに男へ説明を求めた。
男は意外だという表情で目を瞬き、端的に「アレンだ」と告げた。
「アレン……」
エマはアレンという名の人物たちを思い浮かべるが、目の前の男と合致する人はいなかった。
「……王子アレンだ」
「え!? 王子?」
エマは男を注意深く観察した。アレンを思い浮かべ共通点を探すと、髪色や目元が同じことを認識した。
「あぁ! アレン様!」
エマはやっと謎の男性の正体がわかり手を叩いて喜んだ。
「生きていらしたのですね!」
「あぁ」
エマは別人のように変貌を遂げたアレンにも、アレンが生きていたことにも驚きを隠せなかった。
「気が付かず申し訳ありません」
「いや、もう私のことなど忘れたいほど憎んでいるのだろう」
「あまりにお姿が……いえ、すみません」
エマはアレンが変わりすぎてわからなかったのだが、本人に直接言うのは躊躇した。
「今は庶民のレンとして、マリアと黒輝石の浄化の旅をしている」
「まぁ! そうなんですね!」
「エマ様をひどく傷つけたことを謝罪したい」
真っ直ぐな目でレンに見つめられ、エマは昔アレンに抱いたわだかまりが解けた気がした。婚約者候補だった時、エマはアレンから1度もこんなふうに気遣ってもらえなかった。
「アレン様、ずいぶんと変わりましたね」
「エマ様も変わった」
(えっ!?)
エマはアレンの性格が変わったことを伝えたかったが、自分も変わったと逆に指摘され、アレンと最後に会った時の自分を思い出し笑ってしまった。
魔法が使えず偽聖女と呼ばれ、魔力つまりのせいで体型も太っていたエマを。
(確かに私も変わったわ! アレン様のこと言えないわね)
「もういいです。おかげで私は幸せな結婚ができましたから」
そう言ってエマは愛するエドワードの方を向くと、エドワードが優しく微笑み返してくれた。




