第20話 義士団2
およそ七百年前、五林と呼ばれる武術家集団が生まれた。
「武は近にて魔に勝り、魔は遠にて武に勝る」
火林の開祖、東方の武神ハ・リングの言葉だ。
文字通り、近接戦闘においては五林の武芸家に一日の長があり、遠距離では魔術師たちの独壇場ということである。
あたりまえの話ではあるが、まずはそのあたりまえを認め、どう武術を発展させるか、五林はそれぞれの方法でヒトの限界を目指した。
長き研鑽のすえ、その試みはひとつの頂に達したといってもいい。
その到達点については、各流派の秘伝として一部の者にしか伝えられず……おそらくはその大半が失伝したであろうが……。
おれが入門した風林においては、ひとことでいえばこうだった。
「速きこと至上の武威とならん」
これには三つの意味がある。
どれほどパワーがある魔物だろうと、やみくもに踏みつぶしてくるだけなら脅威とはなりえない。
自分に当たらない暴力など、なにを恐れることがあろうというのが、ひとつ。
相手が攻撃してくる前に殴り倒せば、どれほどの火力の持ち主だろうと脅威ではない。
先制攻撃こそが最強なのだというのが、もうひとつ。
三つ目は、身も蓋もない。
逃走である。
どれほど恐ろしい相手だろうと、さっさと逃げればいい、勝てるときに勝てる状況をつくって勝て、というのが風林に入門してまず教えられることであった。
風林が、ほかのどの林よりも実戦に向いているといわれるのは、そういう理由である。
もっともこの教え、軍の考えかたとはひどく相性が悪いため、軍部にはあまり風林の信奉者がいないとか。
傭兵だったおれとしては、知ったことじゃなかったが。
ま、今回の場合。
逃走は最初から選択肢になりえない。
おれは戦いを楽しみたいため、速攻でカタをつけることはしない。
床を蹴って鋭い突きを放ってきたアレクたち五人に対し、おれはすっと身をかがめると……。
紙一重で突きをかわして、相手の列のなかに滑り込んだ。
意表をつかれた鎧の戦士たちが、一瞬、動きをとめる。
「集団戦の訓練が、なっちゃいない」
おれは霊剣ナヴァ・ザグの柄で、彼らの頭を兜の上から殴っていく。
四人が、またたく間に倒れた。
アレクの追撃の太刀を後ろに跳ぶことで回避し、距離をとる。
「団長もたいへんだな。これだけ下手な部下しかいないとなると」
「むっ。部下の悪口はやめてもらおう」
「真面目か」
テリサは「はい。昔から、兄は生真面目なのです」と申し訳なさそうに頭を下げる。
アレクの、兜の奥の眼光が険しくなる。
「この身すべて、聖女さまへの忠義である! 《白輝の太刀》」
アレクの霊剣が白い光を放ち、グンと伸長したかのように鋭く襲いかかってくる。
おれはいささか不意を突かれ、その一撃をかろうじてナヴァ・ザグで払った。
呻き、一歩、下がる。
それを弱気と受け取ったか、アレクは果敢に攻め寄せてきた。
まばたきするのも難しいほどの連続攻撃で、おれを追い詰めようとする。
「光の魔術で自分の肉体を強化しているのか。それも魔剣技のひとつなのかね」
「詳しいな、コガネの名を騙る者よ」
「そりゃ、光の魔術そのものは、ミルからよく貰っていたから」
光属性には強化の魔術が多数、存在する。
それらによるブーストがあったからこそ、おれはあの邪竜を相手にして、互角に戦えたのだ。
その強大なブーストを、いま目の前の騎士は、己のちからに変換している。
これが、光の魔剣技の本気か。
強いわけだわ。
この男、剣の腕だけじゃなくて魔術の腕もたいしたものだ。
「瞠目せよ。これぞ聖女さまが目指した、魔剣技の究極。わが国の誇る魔術と武術の融合である」
「わりと驚いてるよ。や、でもミルが狙ったわけじゃないだろ、これ。あいつそういうの、興味ないし」
「光の魔術こそがヒトを救うのだと、そうおっしゃられた!」
それもいわない気がするなあ。
ミルって、なにかひとつの技術にこだわるやつじゃないし。
たまたまあいつが、光の魔術に適正があったっていうだけなんだよな。
でも、教育とか組織化とかはあいつらしいな、と思う。
常々、みんながちゃんとした知識をみにつけていれば、死ななくていいひとはもっと減ったに違いないって、そういっていたから。
自分の両親も、きっと無知ゆえに、あんなことをしてしまったのだろうと……。
「あいつはさ、優しいんだ。自分を犠牲にして、こんな素晴らしい国をつくっちゃうくらいにな」
「そうだ、この国は素晴らしい! 聖女さまの慈愛に満ちている!」
剣を打ち合わせ、互いの力量を見極めながら、おれたちは会話する。
互いに、初めてみる太刀筋に戸惑いながらも、適応しようとする。
彼が用いる光の魔剣技は、思った以上に鋭く……おれにとっては、刺激的な体験だった。
「だけどさ、もういいだろ」
でも、とおれは気づく。
こいつの魔剣技より、風林の技の方が速い。
おれはアレクの渾身の一撃を打ち払うと……。
これまでよりさらに速い動きで、鋭く踏み込む。
霊剣で、アレクの胴を薙ぎ払う。
アレクは驚異的な動きで己の身体をさばき、その致命傷になりかねない一撃を、鎧にかすり傷がつく程度にかわしてみせた。
でも、おれにとってこの一打は……。
次への布石にすぎない。
さらに、ぐっと踏み込む。
「あいつは五百年、がんばったんだ。もう解放されても、いいだろ」
風林は速さを尊ぶ。
アレクが魔剣技で己の肉体を強化したように、おれは霊気を身体にまとって速度をブーストする。
次の袈裟懸けの一撃は、アレクの鎧の胴部に深い傷をつけた。
「聖女さまに対して、なんたる無礼!」
「無礼なのは、どっちだよ」
アレクの反撃を、おれは紙一重で回避する。
一瞬で横にまわると、ナヴァ・ザグを打ち下ろす。
アレクはそれを己の霊剣で受けるも……その身は衝撃を減殺しきれず、吹き飛ばされる。
義士団の団長は、背中を壁にしたたかに打ちつけられ、呻き声をもらす。
しかし、それでもまだ倒れない。
兜の奥で、おれを射殺すように睨んでいる。
「おまえらさ。いつまでもあいつを、自分たちのおもちゃにしてるんじゃねえよ」
「おもちゃとはなんだ! その不遜なものいい、許しがたい!」
「だから、違うんだって。あいつは、人形じゃない。ただの女の子なんだ。……だから」
おれは床を蹴って、アレクに突進する。
ギアをさらに一段階、あげる。
はたしてアレクは、この動きを目で追えるのか……。
追ってきた。
おれの斬撃を、霊剣で受け止めてみせる。
さらに、反撃までしてみせる。
「ただの、とはなんたる暴言! 恐れ多くも聖女さまに対して!」
おそるべき執念だった。
こいつ、ただ怒りだけで、おれの動きに合わせてきやがった。
さすがに、感嘆せざるを得ない。
でも。
そこが、彼の限界だった。
魔剣技によるブーストだけでは、この先にいくことができない。
おれは剣を床に落とす。
アレクが、目をおおきく見開くのがわかる。
相手の動きがとまった、その一瞬で、おれは肉薄する。
両手を開き、相手の鎧の胴部にぴたりと当てる。
先日、おれが五百年閉じ込められていた牢の壁を破壊したときと同じ動きだ。
掌に霊気を集中させる。
「衝崩撃」
その衝撃は、鎧を素通りして、内側から男の肉体を破壊した。
兜が吹き飛び、なかの顔が露わになる。
髭面の壮年の男が、苦悶の表情で口から血を吐く。
「ばか、な」
「そりゃ、そうだよな。五林が消えた以上、五林あっての武のかたちも消えたわけで……。霊気を操って放出するこの技への対策なんて、いまの世には存在しないってわけだ。初見殺し極まれり」
「な、なぜ……」
なぜ、こんな技を、といいたかったのか。
それとも、なぜ聖女ミルを求めるのか、といいたかったのか。
それ以上、言葉を紡ぐことすらできずくずおれたので、わからなかった。
アレクは床に倒れ伏し、動かなくなる。
死んではいないが、光の魔術でじっくりと治療しなければ動けないだろう。
おれの一撃は、彼の内臓を揺さぶり、尋常ではないダメージを与えたのだから。
「なぜ、もなにも。おれは五百年前の人間で、ミルはおれにとって、戦友であり友人なんだよ。おまえらにとってあいつがどう、なんてこと……最初から、知ったこっちゃない」
それはあまりにも独善が過ぎるかもしれない。
この国にとって、いいことではないかもしれない。
でも、それらはすべて、おれがミルに会うことを妨げる理由にはならなかった。
*
「さて、行こうか」
勝負がついて、おれは背後を振り返る。
下がって戦いを見守っていた三人が、少し呆れた顔で歩いてくる。
特にクロウは、「やべー、これが五百年前の五林の生き残りかよ、桁違いじゃねえか」とぶつぶつ呟いているが……。
「五林の基礎すら残ってないんだな、この時代」
「すべて兵どもは夢に消え、ってね。まー、世間では魔術と武術の両立、魔剣術ってやつが最強ってことになっとりまして」
「実際、強かったぞ。おれが対応できたのは、ある程度そういう知識があったからだ。逆にこの時代のやつらは、五林の初見殺しに対応できない」
クロウは「でしょうねえ。詳しく聞きたいところですが、そんな暇はないですなあ」と苦笑いしている。
武術の話であればいくらでもしてやりたいところだが、たしかにいまは、そんな時間もない。
おれたちは、要塞内部をよく知るテリサの指示で動き出す。
彼女は兄のことが心配そうで、いちど立ち止まってちらりと床に倒れるアレクをみたあと……。
首を振って、走り出した。




