第19話 義士団1
おれたち三人は、聖女ミルの侍女と空中で向かい合っていた。
要塞が目の前にあるのだ、あまり時間をかけてもいられない。
おれが訊きたいことは、たったふたつだけだ。
「テリサ・アルフェッサ。きみはミルの命令で、おれに会いに来たんだな」
「はい」
「ミルは、いま幸せなのか」
月明かりが、女性の顔を照らした。
三十歳前後の女だ。
金髪碧眼で、気の強そうな顔つきをしている。
美人だな、と思う。
だがそれ以上に、疲れきっているようにみえた。
気苦労の多い役職だろうが、それ以上に、彼女は己の無力に打ちひしがれているようにみえて仕方がないのだ。
嫌な予感がする。
ミルの身になにがあったのか。
はたして……。
テリサは、「いいえ」とためらいがちに首を横に振る。
何度も、何度も首を横に振る。
「いいえ、いいえ、いいえ。聖女さまは、憂いております。長き生に飽いておいでです。しかし、それでも……あのかたは、ただ、待ち続けていたのです」
「待つ? なにを」
「かつての、お仲間たちを」
まっすぐにみつめてくる。
ちから強いブルーの瞳で、おれを射抜く。
おれは息を呑む。
「あのかたは、五百年、待ち続けたのです。己が不死の身である以上、皆も必ずや生きていると。その来訪を待ち続けるのだと。そのためにこそ、己が姿をくらますわけにはいかぬのだと……。聖女さまがアルフェッサ家の当主にそう告げてから、果てしない年月が流れました」
おれは「そうか」とうなずく。
なぜミルがこの国で、聖女として祭り上げられ、己の意に沿わぬ施策であっても受け入れて象徴であり続けたのか、その一端をようやくにして理解した。
彼女は、信じていたのだ。
おれたちがその気になれば、会いに来ることはたやすいと。
そのためには、自分がただ輝いていれば、ただここにいるぞと立っていればいいのだと。
そのための困難など、かつての仲間たちにとってなにほどのこともないと。
ミルは、そう理解していた。
かたくなに信じていた。
五百年、ただひたすらに、待ち続けた。
「なんと、意固地な娘であるか」
「頑固なんだよ。あいつは、そういうやつだ」
自然と、おれは微笑んでいた。
嬉しくてしかたがなかった。
歳月が過ぎて、なにもかも変わったようにみえたけれど、ミルの心根はちっとも変わっていないのだ。
「わかった、あいつに会いに行く。ちょっくら案内してくれ」
「はい」
テリサが、うなずく。
少しだけ笑みをみせる。
でも、ううん……なんだ?
でも、彼女の表情からは憂いが消えていない。
むしろ、苦悩するように眉根を寄せている。
彼女は……おれのことが信じられない、ってことか。
無理もないか。
なんだかんだで、五百年間もほっぽっていたんだ。
こちらの事情を知らなければ、いまさらどうして、と思われても仕方がない。
「参りましょう。こちらです」
テリサに案内されて、おれたちは飛ぶ。
浮遊機動要塞の上部にある穴を目指す。
普通に観察していてはわからない隠蔽された出入口が、そこにあった。
クロウが驚いているから、彼が想定していた侵入経路とも違うのだろう。
*
そのちいさな港は、床も天井も鋼鉄のような金属で覆われていた。
おれが港と判断したのは、船を安置するような空間があったからで、本当にそういう用途なのかは定かではない。
あちこちに光の魔術による明かりが灯され、存外に明るい。
そこに、十名ほどの兵士が待ち構えていた。
おれたちを殺そうと、本気でかかってくるが……。
「ここは、おれがやる」
飛び込んでいって、一蹴する。
床に足をつけることさえできれば、この程度の相手を蹴散らすのは造作もないことだ。
いちおうはミルの部下なのだから、殺しはしない。
しばらく立ち上がれない程度に叩きのめしておく。
「急ぐぞ。向こうがこっちの狙いに気づく前に、ミルの身柄を押さえたい」
これまでのところ、おれが警戒する必要がある相手はいなかったが……。
なにせここは軍の最重要施設で、名目上とはいえ国家の最高指導者がいるのだ。
警備が厳重でないはずがない。
と、先頭に立って駆け出したおれは……。
すぐに、立ち止まる。
背中の三人を手で制する。
騒ぐ者は誰もいなかった。
おれが緊張したのを、背中だけをみて感じたのだろう。
全員が、その程度には練達していた。
おれは、通路の先に視線を向ける。
出てこい、とばかりに剣を抜き、構える。
このまま相手になんの動きもなければ、ひとつ月刃衝でもぶっ放してやったところだが……。
「やれやれ、挨拶もなしで上がり込んで、無差別に破壊行為に及ぼうとは。これだから、蛮国の無頼は困る」
「バンコ……なんだって?」
金属の床にブーツの足音を立てて、銀の全身鎧をまとった騎士が姿を現す。
兜の奥から鋭い眼光がおれを睨んでいる。
右手の剣の刀身は、淡く白く輝いていた。
鎧は、ひと目でわかるほど高級な魔導具で、剣もかなり高位の霊剣なのだろう。
騎士の背後には、同じ装備の男が四名、並んでいる。
驚くべきは、これほどのものを、均一に、数を揃えたことだ。
「先頭の人物が、シルダリ義士団団長、アレク・アルフェッサです」
テリサが緊張した声で告げる。
アルフェッサ……苗字が彼女と同じだな。
「わたしの兄です。ですが、彼は」
「ああ、そうみたいだな」
おれはにやりとする。
気持ちの昂りを抑えられない。
相手がやる気で、しかも五百年後のこの時代に来て初めての……。
なかなかの使い手だと、気づいてしまったからだ。
こいつは、腕が立つ。
そう、肌の感覚で理解してしまった。
*
「兄は」
テリサは小声でいう。
「聖女ミルを、かたく信奉しています。もとより義士団は聖女直属の部隊であり、全員が強い信仰の持ち主なのですが……。そのなかでも兄、アレクは聖女を盲信しています」
「それがどうして、いまおれの前に立ちふさがる」
「あなたは、聖女ミルを奪いにきた。この国から強奪するためにきた。彼は、彼らは、そう思っているのです」
まあ、それは間違いじゃない。
この国がミルを縛りつけるというのなら、不自由な彼女を枷から解放してやるのが、おれの目的だ。
そう、ちょうど五百年間、牢に鎖でつながれていたおれをあいつが解き放ってくれたように。
「きさまが、勇者コガネを騙る者か」
おれたちに立ちふさがる鎧の男が、太い声でそう問いかけてくる。
テリサより年上なら、三十の半ばか、あるいはもう少し上か。
その技量は、円熟の域に達しているだろう。
楽しみだ、とおれは笑う。
相手はしかし、銀の兜の奥でしかめっつらをしているようだった。
顔をみなくても、感覚でわかる。
「アレクっていうのか。おまえさ。生きてて、楽しいか?」
「無論。わが命は聖女さまにお仕えするために存在する。わが生のすべてをかけて、聖女さまをお守りする。それが至上の喜びである」
「まずいぞコガネ、こやつとおぬし、まったく話が噛み合わぬ」
まあ、そうだな。
いるんだ、こういうやつ。
五百年前の帝国軍でも、たまにみかけたタイプだ。
誰かを信奉して、でもその誰かをみているわけじゃなくて、自分がみたいなにかをその人物に投影しているだけのやつ。
そういうやつが組織の上の方にいると、ほんと面倒なんだ。
だって、偶像に祀り上げられたやつが命令を下しても、こういうやつらは勝手に自分の解釈を挟んで、命令を曲解しやがるから。
ま、そんなやつらがはびこっていたから、帝国の滅びは必然だったのかもしれない。
いまさらどうでもいいことだけれど。
でも、そういった盲信の結果、ミルが不幸になっているのなら……。
ちょっと、腹が立つな。
「コガネを騙る者よ。きさまは、この国をみたか」
「ああ。旅をして、いろいろわかったよ。いい国だな。騎士は民を守るし、民はみんなでちからを合わせて土地を守る」
光の魔術の普及により、魔物との戦いでも死者が減ったという。
道路の整備で交易が盛んになり、商業が発達している。
民は信仰が厚く、かといってそれを旅行者に押しつけたりはしない。
「ミルがつくった国らしいな、と思ったさ」
「聖女さまを呼び捨てにするな!」
「昔の仲間だ、そこは大目にみろ」
アレクだけでなく、その背後の男たちもだいぶ殺気だってきた。
いいぞ、もっと怒れ。
おれは、本気のおまえらと戦いたいんだ。
「友人が会いにきた、ってさっさとミルにいってこい。いやむしろ、そっちから出迎えにこいって伝えろ」
「ふざけるなっ、まがい物がっ! 《光輝の太刀》」
アレクが、ニ十歩以上の間合いから、剣を振りぬく。
光の刃が飛び出し、おれを襲う。
おれが使う霊気の刃とはまた違う、あれは光の魔術を剣に乗せたもので……。
つまりは、魔剣技だ。
なるほど、こいつは光の魔剣技の使い手か。
「衝崩撃」
おれは軽く左手を突き出し、霊気を放出させる。
光の刃は、おれに届く直前で透明な壁に衝突し、霧散した。
「ばかな、団長の魔剣技が……」
アレクの背後の騎士たちが、どよめく。
いや、こんなの驚くところじゃないだろ。
いくら魔術を併用したからって、剣士の遠距離攻撃なんて、しょせんは牽制にすぎないのだから。
おれの月刃衝だって、そうだ。
よほどの実力差がある相手でもない限り、軽く霊気を集中するだけで叩き落とされる程度のものである。
だからこそ、帝国時代。
五林は霊気を行使する手段として、近接戦闘を発達させた。
それが霊気の、もっとも効率的な使いかただと信じて。
「手を出すなよ」
背後の三人にそう告げて、おれは一歩、前に出る。
アレクの後ろの男たちが、気圧されたようにあとずさる。
「それじゃ、いくぜ」




