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銀河後始末船《リターン》〜誰も受け取らない荷物、承ります〜  作者: たいよう
銀河後始末船《リターン》 〜1〜 皇帝、受取拒否
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07_戴冠式の裏側

船から出る前に、メルは機関室をのぞいた。


ボグは床へ座り、焼けた手袋を一本ずつ外していた。潰れた配管の脇に、先ほどのボルトが転がっている。メルが拾うと、ボグが空いた手を出した。


「修理費は、私が」


「まだ見積もってない」


メルはボルトを返した。機関室の壁が内側へ入り込み、工具の穴を二つ潰していた。


ボグは手袋の焦げた指先を裏返した。穴が開いていた。


「クレーの仕事なら、手袋は支給だった?」


言ってから、何を言っているのだと思った。


「そうだ」


それだけ言い、残った手袋を腰へ挟んだ。メルは、彼が自分で機関室の電源を落とすのを待った。


アウレリア環状宮殿は、内側から見ると巨大な壊れた時計だった。


半周を失った通路は真空と瓦礫で切れ、重力は区画ごとに九十度変わる。壁を歩き、角を越えると天井へ落ちる。それを宮廷ロボットだけが正常だと思っていた。


宮廷ロボットがメルへ紫の肩帯を、ラーダへ服属の鎖を、ボグへ豊穣神の金属像を押しつけた。ハコの移動端末は、儀礼用の宝石箱へ収められた。


ラーダは鎖を外そうとしたが、左手では留め金を持てなかった。ボグが一本の手で外し、像と一緒に運んだ。


オルバンだけは、破れた軍服のままでも正しく皇帝と認識された。二列の儀仗機械が跪き、中央通路を指す。


『第一千三百八十四代戴冠式、帰還の段より再開します。全七百十一工程』


「冠中枢へ行く。近道は」


『近道は反逆です』


正規順路は、崩壊した宮殿を四分の一周していた。残り時間は四十三分。メルは脇の扉をこじ開け、短い通路へ入った。


警報が鳴る。


『典礼違反。帰還の段を初めから再開します』


肩帯も鎖も金属像も回収され、一行は最初の扉へ戻された。二度目、ボグは金の笏を受け取ると先端を外し、儀礼舞台の固定ボルトを四本同時に回した。


「何をしてるの」とメル。


「近道」


床が抜けた。


四人と宝石箱は皇帝用の衣装搬送路へ落ち、冠、靴、三百メートルの裾と一緒に無重力の筒を流された。豊穣神の赤ん坊像がメルを追い越し、冠中枢前の排出口へ真っ先に飛び出した。


メルたちはその後へ積み重なった。


冠中枢は、玉座の間の下にあった。透明な床の向こうを、三百二十七の光の線が流れている。冠門、気候装置、救難通信、待機する旧艦隊。帝国の神経が、宮殿の半分を失っても動き続けていた。


オルバンが中央台へ乗る。走査光が彼の全身を通り、冷たい声が告げた。


『本人確認。オルバン十三世。中央命令権、凍結中。退位申請には、公開証言、権限の適法な受取人、物理鍵が必要です』


「公開証言は式典へ接続できる。鍵もある」とラーダ。「受取人は共同継続委員会」


ハコは三枚の受領拒否証書を投影した。ソレル、ヴェイン、クレー裁判所。帝権を引き受けた者はなく、保管者は変わっていない。


〈臨時摂政候補〉の矢印が、メルへ向いた。


「王を閉め出す港が続いた時代の規定だ」とオルバンは言った。「次の継承者まで、運んでいる者に責任をつなぐ」


メルは円盤の入った袋を見た。


「ここで受け取ると、私が命令できる」


「受領を明示し、物理鍵を受け取れば」とハコ。「継承も延長も選ばなければ、八十七秒後の再認証で失効します」


「その間に、分けてしまえば?」


オルバンが袋を中央台の脇へ置いた。三百二十七の小さな光が、台の星系図と重なった。


「各地へ戻せる。だが、お前が一つずつ運ぶことになる」


ラーダが送り状を作った。現地の公開代表、オルバンの失効署名、保管者の引渡し、公開監査。四欄が揃うまで現行運転を続け、受領後の権限は現地の冠門と民生設備に限る。


「軍と、他の星は動かせない」とラーダ。メルはその指定を確かめた。


メルは白い受取人欄を見た。届け先さえ決まれば終わるつもりで、ここまで来た。


「艦隊が追ってくる間に、配れはしない」


ボグが《忠節》の図を開いた。黄色い切離し環があった。


「先に武装を外す。人が外にいたら、戻してからだ」


武装分離、鍵の分割と送り状登録。ハコは二束へ仮組みし、民生支援・航行・救難を残した。


「最後に王朝記録を全部開く。配り終えたら、中央へ戻せないように」


三束目へ、記録削除不可、全件引渡し後の皇帝・摂政・中央帝権の永久終了、鍵の再統合禁止が入った。


メルは送らなかった。三百二十七件の行先も、費用も分からなかった。


オルバンが封印袋を腰へ戻した。


玉座の間の大扉が両側から開いた。


一方からソレルと連盟兵、もう一方からヴェインと残存兵が入ってくる。スープに濡れ、礼装の裾を引きずり、どちらの軍もさっきより威厳が減っていた。だが持っている牽引装置と銃は本物だった。


「時間切れです」とソレル。「メル、あなたが委員会の正式摂政になればいい。三百二十七の門を一つの規則で維持できる」


ソレルはメルの端末を見た。三つの命令束が、承認待ちで並んでいた。


「ばらしてから、誰が救難当番を決める」


「その星で」


「隣の船を助ける燃料まで、その星が払うのか。払わないと決めた星の船は、誰が助ける」


メルは予算欄を開きかけた。空白だった。


「いまの運転は止めない」


「装置は止まらない。人と燃料は別です」


ヴェインが帝冠を掲げた。「陛下。偽りの休戦を退け、ここで再び戴冠を」


「私は退位する」とオルバン。


「御疲労が癒えるまで、玉座へお座りください」


「聞いてないのはどっちも同じ」とメル。


ソレルは保存血液の容器と、退位文を並べて認証台へ置いた。


「本人の署名で委員会へ移管する。式典には声だけを流す。戦争記録と休止計画は、委員会が保管する」


「いつ公表する」


「混乱が収まってから」


オルバンは退位文を読んだ。メルの位置からは署名欄だけが見えた。空白のまま、彼の指が離れる。


「三十日と書いてあるほうが、まだましだった」


ソレルは退位文を引き戻した。容器はそのままにした。


「地下保管庫の記録で進めます」


「私はそこから運ばれてきた」


「誘拐犯による不法な搬出です。適法な保管は終了していない」


メルはラーダを見た。彼女の端末にも、メルの手元にも、集荷からここまでの記録がある。


「ここまで来た人間を、まだ倉庫にいることにするの」


「その輸送を合法と認めた機関はない」


「受領を拒んだ記録なら、三つある」とラーダが言った。


ソレルは彼女の端末へ一度だけ視線を落とし、兵へ指を動かした。


連盟の牽引装置がオルバンの固定帯をつかむ。同時に、ヴェイン側の装置が玉座を引いた。皇帝の身体を確保したい者と、玉座へ戻したい者が、別々の方向へ力をかける。


ラーダがオルバンの手錠を外し、固定帯から引き抜いた。空の帯が牽引装置へ跳ね上がる。オルバンは彼女の肩へ手を置こうとした。


「礼は要らない。証言を残して」


ラーダはその手を払い、彼を認証台の裏へ押し込んだ。


床下の軸が悲鳴を上げた。


玉座の間全体が、ゆっくり回り始めた。


壁が床になり、兵士と儀礼具が横滑りする。ソレルの公印が転がり、官僚ロボットが追う。ヴェインの冠が宙を飛び、儀仗兵が敬礼したまま一回転した。


ソレルが床へしがみつき、保存血液の容器を認証台へ押し込んだ。


『声紋、一致。保存血液、一致。保管庫記録を照合中』


白い光が二つ点いた。ソレルは最後の承認欄へ指を置いた。


休戦式典の中継まで十一分。記録されたオルバンの声が流れた。


『帝権を共同継続委員会へ――』


三つ目の光だけが点かなかった。


地下保管庫から《リターン》へ、コンコルディア、アステル、クレーへ。ハコの保管記録が走り、その三か所へ受領拒否の証書が重なった。ソレル自身の署名が最初にあった。


冠中枢の白い光が赤へ変わる。


『保管庫記録と現物の移動履歴が不一致。現保管者の引渡し承認なし。簒奪を検知』


三百二十七の星系図で、眠っていた艦影が一斉に点灯した。


『国家存亡手順を前倒し。継続艦隊を起動します』


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