06_宮廷料理船、戦列に加わる
アウレリア門前で、戦争は食卓の形をして待っていた。
門の連盟側にはソレルの巡視艦群、旧帝都側にはヴェインの残存艦隊。中央を幅三百キロの封鎖帯が横切り、どちらも砲口を開きながら一発も撃っていなかった。《リターン》には皇帝がいる。傷つければ相手側に開戦の理由を渡す。
代わりに、牽引光線が四方から伸びてきた。
「右舷に連盟二本、左舷に帝国三本」とハコ。「後方より料理船一本。目的は給仕と思われます」
「給仕がいちばん強い!」
船体が軋み、操舵桿がメルの手を引っぱった。接舷艇が群れで近づく。撃てない軍隊は、全員で扉をノックするつもりだった。
メルは背後を見る。オルバンは貨物固定具につかまり、門前に浮かぶ古い宮廷船を見ていた。《忠節》、料理船、その陰に細身の衣装船。戦闘命令を受けられず、一年近く帰還式の続きを待っていた船たちだ。
「あれは命令を聞く?」
「軍事命令は冠中枢の再認証が要る」
「晩餐は」
オルバンがメルを見た。次に、迫る艦隊を見た。口元へ、皇帝になって以来二十年間で身につけたらしい悪い理解が浮かんだ。
「晩餐は、常に最優先だ」
オルバンは船内放送の前へ立った。
「皇帝オルバン十三世が宣する。アウレリア帰還大晩餐を、ただちに執り行う。門前にある全艦を賓客とする」
静止していた宮廷船が一斉に光った。
『勅命を受領。食卓を展開します』
料理船から、銀色の係留梁が伸びた。一本、二本、十本。長大な食卓の骨組みが宇宙空間へ組み上がり、巡視艦と残存艦を両端の客席へ引き寄せる。衣装船は各艦へ礼装を射出し、《忠節》は招待客を逃がさないよう護衛位置についた。
ソレルの旗艦とヴェインの旗艦が、四百キロの食卓の両端へ固定された。
『直ちに牽引を解除せよ!』
『晩餐中の退席は皇室典礼第六百二条に違反します』
固定された旗艦の間で、接舷艇が進路を失った。
「三分稼いだ」とラーダ。
「一分で抜ける」
ボグが料理船との係留筒を走っていった。古い炉の整備端子を開き、肉を切る工業級光線の照準を《リターン》の操船盤へつなぐ。船尾温度が一気に上がった。
「残骸を切れる」とボグの声。
調理光線が点火した。赤熱する刃が封鎖帯の残骸を焼き、門へ一本の隙間を作る。同時に、料理船の全厨房が帰還晩餐の本調理へ移った。
『スープ、二万四千名分』
「待って」とメルが言ったときには、圧力弁が開いていた。
金色のスープが宇宙へ噴き出した。凍る前の奔流が接舷艇を押し流し、連盟兵と帝国兵を同じ香草の渦で回した。給仕ドローンが一人ずつ追い、浮かぶ食器を持たせる。
「いま!」
メルは推力を上げた。《リターン》が食卓の下を滑り、切り開かれた隙間へ向かう。だがヴェインの旗艦から新しい牽引光線が伸び、左舷を捕らえた。巡視艦も右舷へ絡む。船が左右へ引き裂かれそうに止まる。
《忠節》が横を通った。オルバンは通信卓へ手を伸ばした。
「護衛艦を盾にする」
「中に何人」
「自動艦だ。整備兵が十二名」
メルは《忠節》の進路を見た。間へ入れば、すぐ抜けられる。左推進器も、まだ使えるまま残る。
その針路へ指を動かしかけた。
「十二人が降りる時間は」
「ない。だが銀河全体と引き換えなら、私が命じる」
メルは通信卓から彼の手を外した。
「この船は、私が決める」
宮廷船の配置図へ戻る。衣装船は少し後ろだ。
「あれの乗員は?」
「完全無人」とハコ。
船を左へ寄せれば、衣装船が二本の牽引光線をまとめて遮れる。メルは機関室へ図を送った。
「ボグ、左で逆噴射する」
「軸受けがもたない」
ボグは機関室へ戻っていた。画面の端で、四本の腕が配管へ伸びている。
「一回だけ」
「一回で壊れる。燃料管も飛ぶ。おれがここにいる」
メルの指が出力制限へ触れた。船長席からなら解除できる。
ボグが画面の外で弁を回した。赤い表示が一つ消えた。
「待て。分岐を閉じる」
《忠節》が重なりかける。メルは右だけで船首を振り、相手の陰へ入る針路から離れた。左の解除表示には、触れた指を載せたままにした。
「まだ?」
ボグは答えなかった。二本の手で弁を押さえ、別の手で工具を引き寄せた。
メルは待った。額の汗が眉へ入った。
「切った。一回だけ回せ。あとはおれが止める」
操舵桿を倒す。《リターン》が船体を捩じらせ、左へずれた。足元から、硬いものを噛み砕く音が来た。
「オルバン。衣装船を、あそこへ」
オルバンは一拍遅れて、命令文を変えた。
「衣装船を、御召し物の防護屏とせよ」
『典礼命令を受領』
衣装船が回頭し、《リターン》と二本の牽引光線の間へ滑り込む。艦内から何千着もの礼服を放出しながら、無人の船腹で光線を遮った。
船首の視界が、勲章と裾飾りで埋まる。
引力が切れた。《リターン》は前へ飛び出した。調理光線の作った隙間を抜け、アウレリア門へ突入する。
「左、停止」とボグの声がした。
メルは《忠節》を確かめた。姿勢を崩していたが、十二名の生体反応は残っている。そこで画面を切り替えた。
門の先に崩壊した環状宮殿が迫った。焼きついた左推進器では、制動が効かない。
「帰還用受取口まで六百」とハコ。
「止まれる?」
「左がありません。船腹を当てて減速してください」
メルは受取口へ船腹を向けた。衝撃。古い係留爪が外殻を裂き、《リターン》は宮殿へ半分突っ込んで止まった。操舵室を皿と工具と皇帝が横切る。
暗かった宮殿に、一本ずつ明かりがともった。
『皇帝陛下、ご帰還』
金管楽器が、今度は正しい調子で鳴り始める。
『休止されていた戴冠式を再開します』
メルはひびの入った前窓越しに、奥から近づく無数の宮廷ロボットを見た。
「退位する人を連れてきたのに」
オルバンが床から顔を上げた。
「宮殿は予定変更を好まぬ」




