08_皇帝を返品する方法
継続艦隊が最初に選んだ敵は、全員だった。
星系図で、待機艦が次々と射線を引いた。連盟艦、残存軍、砲塔を積んだ報道船。その後ろには、休戦式典を見物する民間船がいた。
「到達まで九分四十秒」とハコ。
停止命令は凍結されたまま。冠網を切れば、門も気候装置も止まる。メルは仮組みした三つの命令束を引き寄せた。
権力を捨てるだけなら、貨物ごと宇宙へ放ればいい。だが届け先のない廃棄は、後始末ではない。
「これを出す。先に武装を外して、鍵を配る」
ソレルは空白の予算欄を指した。
「エノスには受け取る評議会さえない」
「決まるまでは預かる。委員会へ委ねる星なら、委任状と一緒に受け取って」
「あなたが、誰を代表と認める?」
「そこに住んでる人が決める。私はその署名を取りに行く」
ソレルが口を開いた。メルは続けた。
「費用の答えは持ってない。それでも、この人をまた倉庫へは戻さない」
メルは受領台へ手を置いた。まだ光らなかった。
「公開証言が先です」とハコ。
「ラーダ、放送室へ。ハコは玉座を配送台に。ボグ、重力を戻して。オルバン、署名できる退位文を」
「日付と呼称を、あの二人と協議せねばならぬ」
「お願い」
オルバンはメルを見てから、ソレルとヴェインの間へ入った。
「帝国暦か連盟暦か。皇帝か元首か。真正な詔を望むなら、全語を聞け」
ヴェインが呼称へ異議を唱えた。ソレルは玉座を荷締めするメルへ視線を移し、兵に端末を押さえろと命じた。
「玉座を配送台に変更」とハコ。「品名は」
「帝権一式。分割配送」
ボグが床下で配線をつないだ。重力が戻った。横向きに。
玉座と皇帝と帝冠が壁へ落ちた。外れた玉座が搬送路へ載ると、宮殿は貨物台車と認識し、そのまま走らせた。
「ハコ、止め――」
前方の通路に兵が現れた。玉座が足元をかすめ、扉を突き破る。
「止めなくていい。中枢を一周!」
メルは肘掛けへ膝を引っかけ、飛び乗った。落ちかけたオルバンを引き戻し、一緒に固定帯で締める。
「皇帝を荷締めするな」
「返品中は荷物!」
玉座は紙吹雪の列と祝宴の皿の間を走った。ヴェインが帝冠を抱えて追ってきたが、最初の角で見えなくなった。
「放送室。委員会回線が閉じてる」とラーダ。
「ハコ、受領確認網を」
休戦式典の全画面に、〈荷物の受領確認をお願いします〉が出た。その後ろへラーダが映る。
「共同継続委員会監査官、ラーダ・セイン。皇帝の保管と権限移管に関する記録を公開します」
三回の拒否通信、〈帝位休止計画〉、十一回の延長署名。ラーダは自分の送受信履歴も開いた。最初に予審局へ送った二件と、添付しなかった計画書が並んだ。
兵が放送端子へ手を伸ばした。ラーダは銃を向けた。
「その手も映っている」
兵は画面の自分を見た。手が端子から離れた。
「残り四分二十秒」とハコ。
メルは搬送路の分岐を蹴った。玉座が中央受領台へ向きを変える。中継に、固定帯で締められたオルバンの姿が映った。
彼は軍服を直しかけ、やめた。
「私はオルバン十三世。総攻撃を含む命令書へ署名した。生じた死と損害について、私の責任は退位によって消えない」
玉座が段差を跳び、声が震えた。
「三十日の休止計画へ同意し、そのまま一年近く閉じ込められていた。船内で署名を問われ、私は自分が始めた戦争ではないと答えた。その発言も記録にある」
固定帯へ置いた指が動いた。
「私が署名した。退位しても、それは変わらぬ。王朝記録を公開する。原本を持って各地へ出向き、召喚に応じる」
メルは受領台へ衝突する角度を読んだ。オルバンの肩を押さえる。
玉座が止まり、連盟兵が両側から進んできた。
「端末を取り上げろ」とソレル。
画面に二人の銃口と、その後ろのソレルが映る。ラーダが命令を読み返した。ソレルは上げかけた手を止めた。
式典艦群の退避要請が、彼の通信機で鳴り続けていた。
「下がれ。民間船を射程の外へ出す。足りない牽引艇は、こちらから回せ」
兵が一人、相手の袖を引いた。ソレルは受領台へ背を向け、艇の配置を変え始めた。
メルは固定帯を外した。三つの命令束は確定していた。ボグから、有人区画を残す分離線の確認が戻る。全艦へ作業員の退避警告を出す。ラーダとオルバンが、送り状の自分の欄を確定した。
「公開証言を確認。引渡し可能」とハコ。「残り二分」
手の形をした光が、受領台へ現れた。
メルは右手を置いた。
「受け取る」
船のローンよりも、皇帝よりも、重いものが掌へ落ちた。
「ただし、八十七秒だけ」
『受領意思を確認。物理鍵の引渡しを待機します』




