10_配送完了、死亡訂正中
第十九門市民評議会は、国葬から三時間後に《鎮星》を受け取った。
正確には、《リターン》の腹へ結ばれた二十二メートルあまりの竜骨、焼けた継承区画、白い仮面の判断核、それらを桃色の花輪で包んだ荷物を受け取った。
花卉船は区画の荷重を曳航環で支え、《リターン》は自船分の推進と姿勢保持を受け持った。速い配達ではなかった。花を傷めない範囲で運んでほしいという条件には、メルも承諾していた。
桟橋には評議員と整備員、それからカイの家族がいた。式服の人々の間で、普段着に黒い腕章をつけた一団だけが、迎えの列から少し外れていた。
カイは退船口で止まった。メルは後ろで、次の整備員を通すための信号を持っていた。
妻が二歩進み、足を止めた。カイは片手を上げたが、彼女はその手を見なかった。額の縫合糸を見て、首元を見て、また顔へ戻った。
「どうして連絡を」
「発信器が壊れた。予備も、艇の電源と一緒に――」
「聞いた。さっき、聞いたの」
カイは口を閉じた。手は上がったままだった。
妻の靴の先が、桟橋の継ぎ目に当たっている。カイは「そこ」と言いかけて、自分が一歩降りた。
退船口の滞留警告が出た。工具箱を持った整備員が、通れるかと目で訊いた。メルは首を振り、反対舷の経路を送った。そちらは機材を手で運ぶ距離が長い。追加作業を自分の船の勘定につけ、警告の音だけを切った。
マイアが通路の端へ下がった。誰も走らなかった。抱き合うまでの距離を、三日前に死を受け取った人々は、自分たちの速度で縮めた。
妻の手が、カイの上げた腕をつかんだ。肩へ届く前に、一度強く握った。
メルは退船口を開いたまま、係留作業を続けた。
銀色の鍵が継承架から外れ、評議会の門管理室へ運ばれた。ラーダが全経路を記録し、オルバンが失効署名を加える。《鎮星》から次の代表へ、引渡しがつながった。
「第十九門現地鍵、正式引渡し完了。未配達件数、三百二十六」とハコ。
一件分の報酬が入り、債権会社へ送られた。七日以内に最初の一件を届ける条件は満たした。《リターン》を失う期限だけが収支表から消えた。
メルが残高を開く前に、ボグが破れた冷却器を運んできた。下側の腕で部品を支え、上の一本で裏の型番を示した。
「旧防衛砲に同じものがある。払下げなら直る」
主機は冷えても再始動しなかった。右姿勢推進器も索で歪み、厨房の接続部は押し潰されたままだった。メルは部品代を聞いてから、払下げの申請を送った。
救護費の立替依頼が入ったのは、その途中だった。
客船の船長は、入金先より先に照準の記録を求めた。何が起きたか、乗客へ説明しなければならないという。
「照会を送ったところから渡す」
メルは自分の署名が入った最初の申請から選んで送った。ラーダが照合を済ませ、公開監査記録への参照を添えた。
『受け取りました。こちらの報告は、まだ揃いません』
「寄港後でいい」
『はい』
回線は切れた。メルは立替金を送った。誰がどこまで負担するかの調査より、支払日のほうが早かった。
ボグは部品を床へ下ろし、冷えた下の腕を温風口へ寄せていた。メルは隣へ座って、修理費と曳航料を計算し直した。
評議会の追加報酬は修理費の七割。国葬船の切断分は別審査だった。
「救った船を壊した請求と、壊して救った請求は別書式です」と評議員が通信で説明した。
「同じ請求書にして」
「制度上、できません」
ハコが二枚を受け取った。支払日はどちらも今日ではなかった。ローン完済予定が十一日遠のき、メルは残高の窓を閉じた。
しばらく、払下げ許可も来なかった。
離れた作業台で、オルバンが補足の証言を書いていた。ヨナに手を診せるよう呼ばれると、書きかけの一行を見て、筆記端末を置いた。ラーダの台へは寄らず、自分の写しだけを預けて医療区画へ行った。
メルは冷却器へ肘をつき、袖を濡らした。部品を少し向こうへ押すと、下に青い水が溜まっていた。拭く物を探しているところへ、マイアが判断核の台車を押してきた。
門管理室へ最後の引渡しに行くところだった。台車を押しながらも、問い合わせへ返事を送り続けている。
〈亡くなったのは辺境司令としての職務です。カイ・レン本人は生存しています。国葬は取り消しません〉
「葬儀の記録も全部残すの」とメルは訊いた。
「ご家族が受け取った三日を、なかったことにはできません」
桟橋にはもう、カイの家族はいなかった。通路を閉じる係員が、外れた黒い腕章を拾っていた。
メルは台車のブレーキを押さえ、マイアが段差を越すのを手伝った。引継票には、最後の弔辞の録音も含まれていた。門管理室から受信確認が来ると、白い仮面が灯った。向こうの担当者が録音の再生を始め、マイアは台車を止めたまま待った。
その先でも、生存訂正は別々の順番で届いていった。軍用急行では〈司令官戦死〉が先行し、冠門通信では〈辺境司令職の終葬完了〉が届き、通常便では〈カイ・レン生存〉が進んだ。ある星では英雄が二度死に、別の星では一度も死なずに退役した。
翌朝、カイから連絡が来た。借りた上着をどこへ返せばよいか、という用件の末尾に、証言と治療で少なくとも半年は居住環に残るとあった。口座も止まったままだという。メルは《永遠便》の連絡先を返した。家族と写した写真は添えられていなかった。
《永遠便》の四人は、空になった霊柩艇で次の依頼へ向かった。出発前、キリクが潰れた厨房へ蒸留酒を一本置いた。サフランが〈機関洗浄剤〉と登録した。ヨナが「飲むやつじゃないの?」と訊いた。マイアは表示を直さなかった。
《リターン》の主機が再起動したのは、到着から十九時間後だった。
ボグの〈一便〉契約は、十九番鍵の正式引渡しで終わっていた。
「次も乗る?」
メルが訊くと、ボグは工具を拭いてから答えた。
「未払い給与を先に一割。下段暖房を直す。勤務が終わったら呼ばない」
「故障したら」
「故障は勤務だ」
メルは雇用書の無期限欄を閉じた。
「第二十門まで。一便」
ボグは下の二本の腕を温風口へ向けたまま、署名した。
出航前、オルバンが貨物室の固定帯を点検していた。留め具を引き、番号を読んでいる。ハコの表示は、どれも先に緑になっていた。
「掌は」とメル。
「痛む」
「替わる?」
オルバンは残りを数えた。
「あと十二本だ」
メルは隣の帯を取った。
「六本ずつ」
貨物室の向こうでは、ラーダが次の航路届を開いていた。評議会の作業船へ引き継いだ機雷除去はまだ終わらず、注意欄が残っている。運航保証の欄は空白だった。オルバンの初回審理と、クレーの拘束破り照会も予定表に残っている。
ハコが次の宛先を告げた。
「第二十門、受取代表は生存。政府も存続。国葬予定なし」
メルは少しだけ安心した。
「ただし受取代表は、当船より四日前に出発し、通常便でこちらへ向かっています」
「止めて」
「通信を送りますか」
「船を」
《リターン》は第十九門の手前で推進を切った。次の受取人と会うまで、最短で九時間。待機燃料、三百四十クレジット。
メルはその額を収支表へ入れた。
ハコは九時間の待機を共同法廷へ届け出た。初回審理への出頭予定は維持された。
以前なら遅配と数えた時間だった。いまは、相手が着くまでそこにいる費用だった。
第三章 暗殺命令本人発送 に続きます




