07_返してもらうもの
「まだ待ってくれ」
カイは、復職申請を取り下げる話だと思っていた。
メルが接続通路の内扉を閉めると、彼はすぐ端末を出した。旧司令部から追加の要求が来ていた。作戦継続能力の確認。生きているかではなく、引き続き指揮できるかを答える書式だった。
「これを返せば、先へ進む。身体の検査なら済んでいる。負傷は指揮に支障がない」
「受取人再照会は取り下げた。あんたの復職まで、私が取り消したわけじゃない」
「なら、もう一度添えてくれ」
メルは首を振った。
カイは端末を下ろさなかった。
「私に戻れば、翼の修理だけでよくなる。国葬を終わらせずに船を止められる。鍵もここで受け取れる。あの船を切ったり、燃やしたりせずに済むんだろう」
それは最初にメルが考えた順番だった。いまでも、うまくいった場合の線だけを描けば一番短かった。
「返事は、いつ」
「次の優先便で」
「ここがそれを受け入れるのは?」
カイは答えを探して画面を動かした。発信側の受付は進んでいた。防衛環では予備照準が進んでいた。棺は別の時計で動き続けていた。
「分からない」と、カイは言った。
メルは自分の送り状を隣へ出した。候補が二つあれば片方は保険になる、その計算のどこにも、いま客船の船長から送られてきた救護票を置く場所がなかった。
骨折の疑いが一名。転倒による打撲。椅子を固定し直した作業時間。客船の船長は、報告を短くするために傷病名だけを先に送っていた。
「ここ、私が早く届けようとして照会した」
メルは画面を指した。
「向こうから見れば、まだ戦時司令官を探してる。早い返事だけ欲しかったのに、返事のあとに砲まで動いた」
「照会しなければ、国葬船はそのまま衝突していた」
「それは翼の仕事。私の照会で直ったものはない」
カイが口を閉じた。メルも、もっとましな言い方を探すのをやめた。打撲の人数欄が更新される。怪我が後から分かった人が増えたのだった。
マイアが棺を伴って通路へ来た。司令章を見たカイは、一歩近づいた。
「返してくれ」
彼女は棺を止めた。拒まず、蓋の留め具を外した。
カイは司令章を取り出した。白い布に黒い粉が落ちた。留め針を服に通そうとすると、先ほど切った部分が広がり、章は重みで傾いた。
「別の上着はないか。何でもいい」
マイアが予備の作業上着を持ってきた。カイは袖を通したが、腕を動かすと傷口が引きつれた。ヨナに留め具をゆるめてもらい、ようやく胸をまっすぐにできた。
その間も、棺は開いたままだった。
カイは通信欄へ、以前の参謀部を呼び出す文を書き始めた。人手があれば、別の艦隊が来れば、ここで誰かが全体を引き受ければ。指が速く動き、ふいに止まった。
「この人はもう退役している」と、彼は言った。
誰に言ったのか分からなかった。文面から名前を一つ消し、別の名前を入れかけた。
「あの手順を、まだ覚えている。誰に何を頼めば回るかも。家へ帰れと言われるより、そっちのほうが分かる」
上着の胸に、司令章が留まっていた。
「あれを着ければ何とかなると、まだ思っている」
メルは、カイの私用端末にも明かりがついているのを見た。家族からの新しい返事ではない。さっきの〈少し待ってください〉が開いたままだった。
「あんたの更新案は、ラーダが照合してる。鍵を受け取った《鎮星》へ、判断材料として渡せる」
「私の命令ではなく」
「うん」
「私が間違っていなくても、別の案が選ばれる」
メルはうなずいた。
カイは、開いたままの復職欄へ指を戻した。追加の回答は、まだ送っていなかった。
「それで失敗したら、私は見ているだけか」
「見つけたら言って。直すには、あんたが知っていることも要る」
「知っていることだけ、か」
返事を待たず、カイは画面を閉じた。閉じてからも胸の章は外さなかった。メルは通信機へ手を当てた。ボグから作業位置の問い合わせが来ていた。
「通路。まだここにいる」
メルが答えるあいだに、カイはまた端末を開いていた。呼び戻しかけた参謀の名を、もう一つ消した。文の先頭に残った〈命ずる〉を長く押し、文章ごと未送信の記録へ移した。
それから司令章を外した。先ほどより時間がかかった。留め針を抜いてしまってからも、しばらく指で持っていた。
棺の名札に、死亡した司令官と、帰還した本人の記録が並んでいる。マイアはどちらを消すかとは訊かなかった。
「何をお送りしますか」
「帰還したほうを降ろす。ここに葬るのは辺境司令だ。私はもう指揮権へ戻らない」
司令章が白い布へ置かれた。カイは布の端を、粉がこぼれないように折った。
ラーダが戻り、本人の放棄署名を記録した。遠い司令部への訂正が即座に済むわけではない。それでも、カイが何を申請し、何を取り下げたかは残せる。
メルも送り状を一通に戻した。十九番鍵の宛先は《鎮星》。書き換えた履歴は消さなかった。
ボグが計算を終えて、通路へ来た。
「船を丸ごと残す推力はない。曲げてから、荷物の入るところだけ外す」
継承架、判断核、その下の登録竜骨。終葬図に、持ち帰る区画が示されていた。白い線に囲まれた部分は、八キロの船体の中では小さかった。
「そのほかは?」とカイ。
「棺と一緒に送る。最初の予定どおりだ」
《鎮星》が図を受け取った。代表船の四条件が、残す部分へ順に結びついていく。
メルは仮面へ訊いた。
「あんたも来る。次の代表へ、鍵を渡すまで」
「そのあと、私の任務はありません」
「まだ決まってない仕事なら、私もたくさんある」
仮面は黙っていた。炉の点火予定だけが、白い枠の外へ移った。
終葬まで二十六分。ハコが受領時刻と作業表を重ねた。




