06_照会したのは私です
外は、船の中より静かだった。
白い帆に追悼文が流れていた。子どもの短い別れ、部下の報告、何度も同じ言葉を使う国家元首の演説。メルは安全索を一つずつ掛け替えながら、ボグの後ろを進んだ。帆が頭上を通ると、手元の影が消えた。
翼の根元は、内側から見たより大きく裂けていた。ボグは残った軸を固定し、索を通す。メルは工具を受け取り、四本の腕が次に伸びる場所を空けた。
遠くの居住環には、輪郭だけでなく窓の筋が見えた。作業灯と見分けられない小さな明かりが、暗い部分にも一つずつあった。
ボグが翼の角度を動かした。手応えが索からメルの腰へ伝わった。
「使える。主索を《リターン》へ」
ちょうどそのとき、窓の筋の外側で赤い光が動いた。
第十九防衛環だった。
格納庫で送った復職申請の番号が、メルの視界へ出た。カイの署名。その横に自分が添えた受取人再照会。古い司令部からの暫定回答だった。
「戦時指揮官は帰還途上。国葬は敵性偽装の疑い。標的表の予備照準を開始します」
赤い照準光が千八百四十六隻へ伸びた。
まだ撃たない。葬列も止まっていない。しかし砲口が向いた船から順に、列が崩れ始めた。
「受取人再照会を取り下げて」
「取消要求を送信。旧司令部の受信確認待ちです」とハコ。
「ここでは消えないの」
「照準判断は、すでに届いています」
小さな客船がメルの視野を横切った。右へ逃げ、砲口が追ってくるのを見て噴射を止めた。船尾の窓に白い物がいくつも浮いた。座席の間を人が動いている。
『指揮権は』とカイの声がした。
「まだ戻ってない」
『では何を戻したんだ』
メルは返せなかった。
『こちらマイア・エン。葬列は続行中です。列外へ出ないでください』
マイアが繰り返した。散った船が戻り始めたが、元の間隔には戻らない。最後の客船は大きく回り込み、前に入ろうとするたび、別の船が制動した。
メルはその船へ復帰航路を送った。
『同じものは、もう来ています』
客船の船長は息を切らしていた。映像ではなく声だけだった。
『後ろを見てください。いま、座席から落ちた人を戻してるんです。ここで逆噴射をもう一度かけるんですか』
メルは自分が送った線を見た。船の外形は通れた。中で立っている人間は、計算に入れていなかった。
「かけないで。いまの速さで」
『そうしたら、あれに追いつく』
前には桃色の花卉運搬船がいた。メルはそちらへ通信を切り替えようとして、客船の回線も閉じずに残した。
「先に、そちらの状態を教えて」
花卉船の船長は、積荷の話から始めた。大型花輪を船腹へ縛っている。急に横へ振れない。戻ってきた客船を先に入れたくても、片側の索を巻き直すまでは進路を空けられない。
メルは途中で結論を催促しかけた。相手は息を吸い、荷台にいる作業員へ声をかけ、それからまた説明を続けた。何が終われば船を動かせるか、ようやく分かった。
「客船は定速。花の船は、巻き終えたら教えて。後ろへ先に減速を送る」
『あなたは、どこの管制ですか』
「管制じゃない。《リターン》の船長」
名乗ったあとが続かなかった。メルは把手を握り直した。
「復帰の照会を添えたのは私です。いまの照準は、その返事で始まった」
どちらの船からも、返事がなかった。
ボグは隣で主索を留めていた。手伝おうとしたメルへ、首を横に振った。
「通信をやれ。ここは俺がやる」
メルは外殻へ身体を留め直した。作業は一人分遅くなった。主機を動かす時刻をハコが更新したが、もう一度だけ早くしてと言う相手はいなかった。
客船から、全員を座らせたという連絡が来た。メルは花卉船を呼んだ。まだ巻き終わっていなかった。後続へ、そのままの速さを保つよう伝えた。
やがて花卉船がゆっくり横へ動いた。空いた場所へ客船が入り、その後ろに残った航跡を別の船が埋めた。赤い光は追ってきたままだったが、船はぶつからず、列の外にも出なかった。
『けが人の報告は、どこへ出せばいいんですか』
客船の船長が訊いた。
「救護へ。事故の記録は私にも送って」
『いま書けません』
「あとで。回線は残す」
メルは救護先を送り、受け取られたのを見届けた。肩へ力が戻ってきて、把手を握っていた手が痛んだ。
ボグの作業は終わっていた。彼は返事を求めず、メルが装具を外すのを待った。
二人が《リターン》へ戻ると、オルバンが外部ハッチで回収索を巻いていた。結び目を一つずつボグへ見せ、その返事を聞いて引き込む。傷をかばうぶん、巻き取りは遅かった。
メルは中へ入っても客船の回線を切らなかった。静かになった向こうで、誰かが椅子の脚を押し戻す音がした。
ハコが、まだ二通並んでいる送り状を表示した。
「復職申請の次の回答は未着です。受取人候補を再評価しますか」
「しない。客船の回線を、操縦席へつないで」
メルはカイを呼んだ。彼の復職申請には、まだ返事を待つ印がついていた。




