05_戦時標的表は弔辞ではありません
低くなった気圧の中で、朗読は再開された。
マイアは一文を読むたび、前より長く息を継いだ。誰も急ぐようには言わなかった。メルは壁際へ座り、船外用の索を広げた。ボグは点検映像を見直している。制御棒は焼け、推進翼として修復する見込みはなかった。
「舵にはなる」とボグが言った。「帆が受けた力を、翼の向きで逃がす。外から固定する」
「《リターン》で引ける?」
ボグは主機二基の図を出した。いつもの航行と違い、係留されたまま力をかけ続ける仕事だった。冷却の余裕は小さい。
「計算する。いまは噴くな」
メルはうなずき、機関の操作盤を閉じた。別の窓には、カイの復職申請がまだ返答待ちで残っていた。
ラーダは最終境界令の発令時刻を確認した。休戦の十三日前。帝国へ近づく旧連盟の侵攻艦だけでなく、徴用識別を持った補給船まで対象を広げた命令だった。
「民間登録へ戻った船を除外する更新は」
「発送準備まで確認した。私の事故のあと、通常便で出ている」
ハコが追跡した。更新の到着は十三日後だった。
カイは画面を下まで送った。遅延の理由を探しているようだったが、表示された便名を見て手を止めた。
「軍用急行は、指揮官の死亡と交戦通知を先に運ぶ」
「休戦から一年たっても」とメル。
「あの順なら、前線が潰れたあとでも隣の艦隊を逃がせた」
カイは先ほど拡大した民間船籍を、もう一度見た。
「いま、先に着いてほしいのは別のものだ」
壁の朗読が、第十九門撤退戦へ戻った。古い輸送船の映像には、扉という扉から仮設の渡り板が出ていた。《鎮星》と同じ区画番号が船腹に見える。戦時には人を乗せ、指揮官を失ったあとは葬列を名乗って、次の港まで一団を運んだ船だった。
『あのときの機関員です』と、弔問回線に年老いた声が入った。『子どもを空の弾薬箱へ座らせた。椅子がなかったから。あとで怒られたが、あれは蓋を外してあったんです』
声はそれから、当時の同僚を一人探した。サフランが照会を受け取り、朗読の列とは別の欄に残した。
メルは足元の索を寄せた。床には固定具を外した丸い跡がある。金の装飾がついた今の通路にも、椅子を並べられそうだった。
ラーダが標的表の署名欄を開いた。カイの署名の上に、帝国冠章があった。
「オルバン十三世の包括承認」
後方で取っ手を引いていたオルバンが振り向いた。手当てをした掌に薄い保護膜を貼っている。
「この承認を覚えていますか」
「形式は覚えている。辺境司令に、標的判定の拡張権を与えた」
「何隻を標的にするか確認しましたか」
「していない。侵攻を止めるのに必要と報告された」
ラーダは画面を送った。撃沈された輸送船の名が並び、乗員数が並び、最後に〈分類適正〉の印が並んでいた。
「私の家族が乗った輸送群にも、別の境界で同じ包括承認が使われた。原本と、あなたの前の証言は共同法廷へ提出済みです」
「覚えている。私は、知らなかったことを責任がない理由にしようとした」
「いま聞くのは、そのやり直しではありません。この標的表を止めるためです」
「なら、答えは変わらぬ。署名した、だ」
確認音が二度鳴った。二度目は同じ欄を押していた。ラーダは右手の指を離し、端末を作業台へ置いた。
「命令構造を読めますか」
「読める」
「あなたを許したわけではありません」
「理解している」
オルバンが作業台の隣へ回った。ラーダは端末を持ち上げようとし、固定具のある左手を引いた。
「そこではなく、向こうでお願いします」
「二つの表を並べねば、参照先を取り違える。私が読むのは命令語だけだ」
「命令語の参照先に、私の家族の船名があります」
「隠す必要はない。私は見て答えるために――」
「原本は隠しません。あなたと一緒には読みません」
オルバンは口を開けたまま、作業台を見た。閲覧専用端末が一台余っている。手を伸ばして取ったが、向こうへ行く前に言った。
「それなら、行番号を省かずに送ってくれ。こちらでは確かめられぬ部分ができる」
「ハコ。構造図と命令語を複製。船名は照合番号へ。原本との差分対応は私の端末に残して」
メルは間に置かれていた索の箱を足で寄せた。オルバンが腰を下ろすと、箱はわずかに沈んだ。彼は立ち直り、しばらくそのまま画面を読んだ。
「七列目、〈弔鐘保留〉の下に続きがあるはずだ。今の写しでは切れている」
ラーダが残りを送る。彼は二行を指で追った。
「葬列を守るあいだ、現場は敵味方を選び直さなくてよい。全船への射撃を保留する。途中で止まれば、待ち伏せに遭ったと判断して前の表へ戻る」
メルは、並んで逃げたという輸送船の映像を見た。
「まだ、あの列を守ってるんだ」
「止めるには現地で旧接続を外す。十九番鍵は、そのために運んでいる」
ラーダは番号を原本へ戻し、現在の船籍と照合した。二人の端末の確認音が、別々の間隔で鳴った。
カイの私用端末にも音がした。
〈見ました。いまは話せません。少し待ってください〉
彼は文字を一度拡大した。
「映像の認証も添えた?」とメルはマイアへ訊いた。
「添えました」
カイは返信を始めた。〈本人であることは〉と打って、消した。傷口の縫合糸に触れかけ、手を膝へ戻した。
「謝ったほうがいいのか」
マイアは返事を急がなかった。
「何について、ですか」
「連絡ができなかった。そんなことは分かっているはずだ。できたなら、した」
「その説明は届いています」
カイは端末を伏せた。通路を運ばれてきた花輪に、家での呼び名が書いてあった。札を裏返そうとして、指が届く前に手を下ろした。
「戻ってきたのに」
マイアは彼の隣に立っていた。メルは索を畳み直し、彼らの脇を通るときに容器を反対の手へ持ち替えた。
後方からオルバンの声がした。
「六十四、閉鎖。機械錠、確認」
最後の扉から戻った彼は、ボグが用意した索を見た。
「次はこれを結ぶのか」
「外の作業者を戻す索だ」とボグ。「覚えてから持て」
オルバンは端を握った。複雑な結び目の見本をしばらく見ていたが、自分の索を動かす前に言った。
「分からない。教えてくれ」
メルとボグは遠回りの通路を戻り、《リターン》へ移った。気密服の確認を終えて、自分の船の外部ハッチを開く。
終葬まで、七十一分だった。




