04_入棺には本人の同意が必要です
透明な棺は、カイの歩く速さに合わせてついてきた。
彼が止まれば止まり、壁際へ逃げると横向きになって道を塞いだ。枕の高さまで本人に合っている。ヨナが納棺腕へ保全布を巻き、二つの間に立った。
「脈がある人は納棺しない」
サフランの札が儀礼記録へ散った。短い探索のあと、黄色い一枚がカイの顔の前へ降りた。
「認定死者本人による拒絶規定があります。遺言端末からの拒絶を、遺族の希望より優先する条項です。本人の直接発言も含みます」
「明確に拒絶する」
「死者として、という部分が必要です」
カイはヨナを見た。ヨナは納棺腕を押さえたまま、うなずいた。
「私は死者として、私の入棺を拒絶する」
棺が止まった。
「拒絶を受理しました。代替遺品を要求します」
カイは胸から司令章を外そうとした。焼けた布が留め針に絡み、うまく抜けない。ヨナが小さな鋏を出すと、カイは胸元を手で覆った。
「布だけにしてくれ」
鋏は焼けた端を切った。カイは司令章を取り出し、受け取ろうとしたマイアの手へすぐには置かなかった。
「復帰の返答が来たら返してくれ。これをつけずに命令して、また本人確認から始めたくない」
「お預かりします」
マイアはそう答えてから、両手で受け取った。
軍帽、発信器、司令章が棺へ入った。中央軸の扉が開き、メルたちは歩き始めた。戸口の名簿には〈故カイ・レン辺境司令〉と、生存確認を受けた〈カイ・レン〉が別々に載っていた。ハコは同行者のほうへ一名を加え、ラーダは生体確認が一人分であることを注記した。
通路の重力が少し強まった。カイの出生地の再現だという。耐爆容器の帯がメルの指へ食い込む。カイは一瞬歩きやすそうな顔をし、それから足を引きずった。
壁には士官学校の校歌と戦歴が流れた。
〈ローデン回廊防衛、敵艦二十四隻撃破〉
〈第十九門撤退戦、民間船九千隻を救出〉
〈最終境界令を発し、侵攻を阻止〉
「最後は違う」
カイが足を止めた。
「境界令で進路を塞いだ。侵攻艦だけじゃない。退避の遅れた船もいた」
ラーダが端末を向けた。カイはそのレンズを避けず、ただ「あとで全部話す」と言った。
「いまから記録しています」
カイはうなずいたが、続きを話さなかった。
左舷から長い振動が来た。壁の戦歴が乱れ、撃破数だけが何度も重なった。故人到着の速報が遠方へ届き、新しい弔意が帆を押している。
「生存のほうは」とメル。
「通常便審査中です」
死者の到着は軍用回線で銀河へ流れ、生者は書式の順番を待っていた。
点検区画では、ボグが補強板へ切断具を当てた。マイアは少し離れて航歴を読んでいた。救われた船の名を、省略せずに一隻ずつ。何隻かの船から、まだ運航しているという返事が来た。
後ろではオルバンが気密扉を調べていた。
「五十二、閉鎖。五十三、閉鎖」
第五十四扉は、戸口に花輪の台車を噛んでいた。オルバンは台車を押し戻し、閉鎖指示を入れた。表示が緑になったところで、先の扉から呼出しが鳴った。
「五十四、閉鎖」
ボグが切り取った板を引いた。
空気が穴へ走った。
マイアの朗読が途切れ、花輪が床を滑った。メルは容器の帯を巻いたまま膝をついた。キリクが六本の脚で踏ん張り、近くの者を腕の内側へ寄せる。
向こうの第五十四扉が半分開いていた。その先の整備区画は真空だった。オルバンは戸口の把手へ手を伸ばし、安全索で引き戻された。
ボグが板を穴へ押し返した。二本の腕で支え、残る手で非常泡を縁へ走らせる。白い泡が膨らんで吸い出され、次の層が張りついた。やがて、動いていた花輪が止まった。
誰かの咳だけが聞こえた。
ラーダが名前を呼んだ。ひとりずつ返事をするあいだ、メルは酸素計を見ていた。八人分の返事が揃い、ハコとサフランの灯りも残っている。それでも区画の空気は元へ戻らなかった。予備タンクの半分を使って、ようやく作業可能な圧になった。
オルバンの掌から血がにじんでいた。彼は緑の表示を見上げた。
「五十四は、閉鎖を受けつけていた」
「表示は命令が届いた色」とボグ。「扉が閉じた色ではない」
「台車をどけた。閉じるのも見た。だが、取っ手は引かなかった」
オルバンは自分の確認欄を開いた。印を取り消して、未確認へ戻した。
「一からやり直す」
「まず手を見せて」とヨナが言った。
「あとでよい。確認を終えていない」
「その手袋をまた外せなくなる。いま」
彼は扉を見たまま立っていた。メルが点検具を受け取り、ヨナの前へ腰を下ろす場所を空けた。
ボグは板を再溶接した。内側から抜く通路は、事故で封じ直したまま使えなくなった。以後は遠回りをするしかない。
メルは追加の空気と補修材を自分の帳面につけた。削れたのは修理時間だけではなかった。ヨナの両手が空くまで、カイの傷の縫い直しも待っていた。




