02_次点は本人の国葬船
国葬船《鎮星》は、近づくほど船に見えなかった。
八キロの黒い船体に、白い葬送布が幾重にも張られている。布は真空用の薄膜帆で、弔意通信を受けるたび光圧を推力へ変えた。銀河中から届く「安らかに」が、船を少しずつ居住環へ押している。
白い帆の下に、消し残した灰色の数字があった。物資を積んだころの区画番号らしい。黒く塗られた貨物扉も、船体のずっと後ろまで並んでいた。
《リターン》が接舷距離へ入ると、黒い索が飛んできた。避けきれなかった二本が、船尾の増設厨房と右姿勢推進器をつかんだ。
「二本もらった」とボグ。
「返せる?」
「厨房なら」
「推進器を返して」
索が巻き取られ、《リターン》は弔問船の列へ引き込まれた。前には花輪を積んだ桃色の船、後ろには旧帝国の巡洋艦がいる。巡洋艦の砲口には黒布が巻かれていた。発砲の邪魔にはならない位置だった。
白い仮面が操縦席へ投影された。
「故カイ・レン辺境司令の御霊に従い、弔問船は減速、消灯、武装解除してください」
「貨物船。武装なし。接舷するまで明かりはつける」
承認の返事を待たず、メルは作業灯を点けた。右姿勢推進器の外筒が、索に締めつけられて歪んでいる。メルはボグへ損傷映像を送り、自動姿勢制御からその系統を外した。
格納庫では、マイアが黒衣の裾を磁気靴へ留めて待っていた。納棺士ヨナ・ベルは白い保全布を畳み、その周囲を二十四枚の黄色い札が旋回している。記録群体サフランだった。奥の操縦席には、濃緑の外骨格を持つ四腕六脚のキリクがいた。
ハコが受取人照合を始めた。
「代表判断核、登録竜骨、航法能力、推進能力。国葬船の登録四条件を確認」
「翼が壊れていても?」
「右舷翼は作動しています。航法と推進は、正式接続された外部機構による代替も可能です」
メルは、厨房付きの自分の船を振り返った。
「そこは助かる」
「先に見ていただきたいものがあります」
マイアは終葬図を開いた。
門を越えた《鎮星》は、ローデン恒星へ送られる。外殻に並ぶ葬送炉が船体を焼き、その光が帆から第十九門へ返ってくる。乗員は先に退船する。船は戻らない。
メルは、受領時刻と焼却時刻を指で往復した。
「受け取って五分で燃やすの」
「これまで国葬船が預かっていたのは、中央から借りた権限だけでした。式が終われば、次の代表へ中央が送り直した。持ち帰る鍵を預かったことはありません」
「今度は中央がない」
ハコが配送完了条件を赤くした。現地鍵は、次の代表へ受け渡せる状態で届けなければならない。火葬の五分前に署名をもらうだけでは、配送は終わらなかった。
「鍵だけ持って降りるのは」
「受領後は次期代表への正規移管まで、代表船の登録船体から分離できません。強制抜去すれば無効化します」
メルは耐爆容器をいったん床へ置いた。衝突をよける。それから、受け取った船を鍵ごと残す。先ほどより荷物が八キロ長くなったが、追加運賃の宛先はまだ決まっていなかった。
ボグは終葬図を自分の端末へ移し、炉と竜骨の位置を重ねた。
「まず、翼の中を見る」
キリクが操縦席から脚を一本外した。
「外へ出るなら、自分の船からにしろ。こっちの船外ハッチは服喪規定で封鎖されてる」
「危険だから?」とメル。
「昔、棺を追って外へ出ようとした親がいた。俺が儀仗隊で、ここを守ってたころだ。工具を持ってるって言われても、俺たちは開けなかった」
格納庫のハッチ脇には、腰の高さで継ぎ直した手摺があった。キリクはそこへ腕を置かなかった。
「他船の自主作業まで止める権限はない。《リターン》の外部ハッチは使える。ただ、この船の中を気密服で横切るなら、退船路を塞ぐな」
ボグはうなずき、先に内側の点検口へ向かった。メルは船外服を持ち込まず、自船へ残すよう全員へ伝えた。
格納庫の隅には透明な記念筒が置かれていた。焼け焦げた軍帽と、折れた救難発信器。その下には発見場所を記した布が敷いてある。
マイアが筒へ一礼すると、話していた者が口を閉じた。
「この筒を、棺室の奥の継承架まで運びます。鍵も同じ経路です」
中央軸の扉が開いた。暗い通路の床だけに、淡い誘導灯が続いている。貨物搬送路は閉じられていた。先行する遺品を生者の荷物が追い越さないためだという。
「当船乗員五名を参列者として仮登録」とハコ。「登録料を配送費へ合算します」
「勝手に収入を増やさない」
「支出です」
「なお悪い」
マイアは筒の帯を直していた。メルも黙って耐爆容器を持ち上げた。
通路の先で、ボグが内壁の点検図を出した。推進翼の制御部は外板の奥にある。点検蓋は戦時の補強板で塞がれていた。内側から開けて、まず何が残っているか確かめる。
「気密扉を確認して回って」とメルはオルバンに言った。「この区画に通じる六十四枚。閉鎖指示を出して、番号を読む」
「表示が緑になればよいのか」
「取っ手も引く。機械錠が噛んでいるか、全部」
オルバンは図を拡大した。六十四の番号を見終えてから、最初の扉へ向かった。
そのとき、《鎮星》の外で軍用急行の出口が裂けた。
銀色の小艇が通常空間へ吐き出された。先端は焼け、片方の翼がなかった。救難信号が、国葬の進行通信へ割り込む。
『こちらカイ・レン。生存者一名。繰り返す、死亡認定は誤りだ。第十九門、応答せよ』
《鎮星》の白い仮面が、ゆっくり小艇へ向いた。
「故人を発見しました。遺体を回収します」




