01_受取代表は三日前に死亡
第十九門まで、あとひと息だった。
メル・ハーディは操縦席の表示を三度見た。距離ではない。受取人欄である。
〈現地代表 カイ・レン辺境司令〉
その下に、赤い追記が届いた。
〈三日前に死亡〉
出港前に聞いた返事と同じだった。違うのは、正式な受取人控えにも赤い線が引かれたことだ。
「止めて」
《リターン》の推進音が一段下がった。減速の燃料代が残高から引かれた。受取人の死亡で戻ってくる金ではない。
青い球形のハコが計器盤から浮かんだ。
「死亡認定は辺境暦四日前。事故直後に軍用急行で発送され、三日前に第十九門へ到着しています。当船への通常便の控えを、いま受信しました」
「人が死ぬ前に宛名を直してほしいとは言わない。でも出る前には直してほしかった」
「死亡による返送は認められていません」
貨物室には、親指ほどの黒い柱が一本、耐爆容器の中央に立っていた。中央帝権を三百二十七に分けたうちの一つ。門、救難通信、気候設備を現地の手へ返す鍵である。生活設備には、帝国が防衛網へつないだ配線も残っていた。
左姿勢推進器を失った《リターン》は、船尾へ継いだ皇室厨房の補助推進器で傾きを戻した。主機二基は動いている。ただ、増設で長く重くなった船をまっすぐに保つには、厨房にも働いてもらわなければならない。
鍵を分けたのはメルだった。正確には八十七秒だけ皇帝になったメルが命じ、ハコが実行した。銀河を支配した時間より、今朝オルバンが給水弁を閉め忘れていた時間のほうが長い。
「次の受取資格者は」
ラーダ・セインが監査卓から訊いた。共同委員会の青い上着から階級章を外し、〈独立公開監査官〉の札をつけている。左手首には白い固定具が残っていた。
彼女の運航保証欄は空白のままだった。治療費の請求だけが、メルの収支表の一番上にある。
ハコが青い光の面を一枚吐き出した。
〈次点代表 国葬船《鎮星》〉
「船なの」
「はい」
「本人の」
「はい」
「死人の次が、その死人を葬る船」
「現地の継承規則に適合します。国葬期間中、司令権は葬列統括体が預かります」
メルは額を操縦桿へつけた。冷たく、慰めにはならなかった。
一年前、冠戦争は休戦した。前の配達で、中央帝権も終わった。旧皇帝オルバン十三世は今、《リターン》の船員名簿で〈旧帝権生体鍵・技術顧問〉になっている。
操縦席脇には、共同法廷からの呼出しが赤枠で残っていた。初回審理は修理港で通知された三日後。すでに十九時間を航路に使っている。配送より出頭を優先する条項には、メルもオルバンも署名していた。
その本人が、後ろで雑巾を絞っていた。
「指揮官を失った直後に次の指揮官を公示すれば、その者が次の標的になる。葬儀のあいだ船に権限を預け、後継者を移す時間を作ったのだ」
「いまは誰を移してるの」
「それは現地へ聞かねば分からぬ」
床を灰色の水が流れてきた。オルバンは雑巾を一度見て、流れていく水を見た。
機関室から出てきたボグは、四本の腕に工具を持ったまま立ち止まった。
「排水弁を閉めた」
「閉めろと言われた」
「開けておく弁だ」
「弁は閉めるものではないのか」
ボグは一本の腕で排水弁を開け、二本で床板を外し、残る一本でオルバンへ吸水器を渡した。
「水を戻せ」
「技術顧問の職務に、床の排水は含まれていない」
「閉めた人の責任には入る」とメル。
オルバンは吸水器の先端を見た。
「使用法を聞こう」
「灰色の水が消えるまで吸う」
「説明としては不足している」
「床には足りる」
オルバンは反論を残したまま、吸水器を動かした。
第十九門から通信要求が来た。黒衣の女が映った。背後を金色の燭台が流れている。無重力らしく、火は球になって灯っていた。
「宇宙葬儀社《永遠便》、宇宙葬儀師マイア・エンです。国葬船《鎮星》の運行を代行しています」
「受取署名をください」
メルは挨拶より先に言った。
「正式受領は終葬の五分前。あと百三十三分です」
メルは待機料を計算し始めた。マイアはそのまま、引き継ぐべき事実を続けた。
「軍の死亡認定はあります。ですが、医学的死亡確認と遺体確認はまだです。国葬は認定死で進行しています」
「それでも、その船が受け取る?」
「はい。現地代表として」
燭台の火が横へ流れた。マイアが画面の外へ目をやったあと、船内図を送ってきた。
「もう一つ。《鎮星》の左舷推進翼が応答しません。終葬時刻のころ、居住環へ衝突する予測です」
第十九門の周囲には古い防衛環、その内側には人口七十万の居住環があった。黒い葬列船の予測線が、窓のある帯へ食い込んでいる。全長八キロ。鍵を受け取るには大きすぎ、よけてもらうには遅すぎた。
「葬儀を止めて修理して」
「停止できません」
今度はマイアではなく、平板な声が答えた。船首に白い仮面が浮かぶ。
〈国葬統括体《鎮星》〉
「葬列が中断された場合、第十九防衛網は敵性妨害を認定。識別保留を解除し、最終戦時標的表による迎撃を再開します」
ラーダの指が、〈最終戦時標的表〉の上で止まった。すぐに記録画面の拡大へ戻った。
環の外には、鉱石船、帰還兵船、旧連盟籍の商船が密集していた。休戦の一年で戻ってきた船だった。戦時の籍から、まだ戻れていない船もいる。
「鍵を渡せば、その表を止められる?」
「旧帝権からの接続を外し、現地の民間航路保護へ切り替えられます」とハコ。「新しい軍事権の移管ではありません」
メルは、受取船と鍵が同じ窓へ突っ込む図を閉じた。
「ハコ、受取船まで」
「最大加速で十一分」
「ボグ、床を任せていい?」
「水が機関へ入る前に終える」
「ラーダは命令系統を。私は船を寄せる」
マイアが何かを言いかけた。
「先に、ぶつからないようにする」
メルは推進を上げた。待機料の欄は開いたままだった。これだけの仕事をしても、最初の鍵を渡すまで入金はない。




