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銀河後始末船《リターン》〜誰も受け取らない荷物、承ります〜  作者: たいよう
銀河後始末船《リターン》 〜1〜 皇帝、受取拒否
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10/21

10_返品不可

休戦式典の翌日、《リターン》はアウレリア外縁の修理架に吊られていた。


左推進器は外され、船腹には紫の旗の切れ端が断熱材として詰められ、船尾には皇室料理船の厨房区画が接続されている。もとの船より三割長く、四割重く、曲がると後ろから鍋が追いついてくる形になった。


ボグは外殻から戻り、工具箱を船長席の脇へ置いた。焦げた左推進器の銘板が、その上に載っていた。


「左は戻さない。厨房の補助推進器で飛ぶ」


メルは前窓から外を見た。厨房区画が明らかに船体中心からずれている。


「まっすぐ?」


ボグは補正図を出した。空荷と満載で、数字が違った。メルは両方を操船盤へ入れた。


「一つ、買う」とボグ。


新しい手袋の見積もりだった。メルは安い代用品の欄を開きかけ、閉じた。ボグが指定した型へ署名する。


ボグは銘板を工具箱へ収めた。寝袋はまだ貨物室の隅にあった。


「船渠の仕事、もう埋まったの」


「埋まった」


メルはクレーで見た定時勤務の欄を思い出した。


「次の一件まで、いてほしい。給料は完了後になる」


ボグは新しい雇用書を開いた。無期限の欄に線を引き、〈一便〉と書いた。


「その先は、また聞け」


メルは署名した。ボグは寝袋を持って機関室へ戻った。工具箱は置いていった。メルがあとで運ぶことにした。


休戦式典は四時間遅れ、権限移管式から鍵返却開始式へ看板を替えた。演壇には標準送り状。ソレルは偽移管と秘密拘禁の事情聴取で欠席した。


最初の受領条件案は、隣り合う二星系から来た。片方は救難費を通過船に課金したい。もう片方は、課金されるなら協議に出ないという。


「委員会へ回して」とメル。


「双方とも、八十七秒の摂政による裁定を求めています」


「終わったのよ」


二件は消えなかった。メルは一方の燃料予算と、もう一方の通過船数を開いた。現行運用の先を決める返事は、まだ書けなかった。


中継では、ヴェインが兵器庫を改めた冷蔵貨物庫で桃を検品していた。船尾の帝国旗はそのままだった。


『これは臨時の輸送任務である。軍紀を緩めるな。諸君、桃を積め。傷つけるな。これは命令である』


箱の桃へ数千人が一斉に敬礼した。


貨物室の権限鍵は、全部で三百二十七。一片は親指ほどだが、明細は六百ページになった。


「総重量十一・四キログラム。付帯項目、護衛、保険、外交責任、門運用継続義務、公開監査、旧帝権失効手続き。危険物等級、銀河最大」


「保険料は」


「見積もりを拒否されました」


最初の皇帝輸送の残金は、宮殿から船を引き抜く費用で消えた。


委員会との新契約は、一件の配送完了ごとに総報酬の三百二十七分の一を払う。全件終えればローンも修理費も出るが、最初の一件まで入金はない。


メルは契約書を債権会社へ送り、三日だった猶予を今日から七日後まで延ばした。七日以内に一件届けなければ、船を失う。


「改善率、百三十三パーセント」とハコ。


「借金に前向きな計算を持ち込まないで」


ラーダが自分の荷物を操舵室脇へ固定した。共同委員会の青い上着から階級章を外し、代わりに〈独立公開監査官〉の札をつけている。左手首の添え木は、修理港の診療所で白い固定具に変わった。


メルは荷物へ手を出さず、ラーダが結び終わるのを待った。


「港で、止めなかったのは私。あんたが棺を動かしたせいにした」


ラーダは結び目を右手で押した。


「悪かった」


「その説明を事故報告へ入れて。治療費の請求先も」


「船長名義で。運航の保証は」


「まだできません」


メルは口を閉じた。船長の署名欄だけを選んだ。


メルは続行命令を確認し、責任者欄へ署名した。ラーダは控えと、クレーの拘束破りについての照会を保存し、別の通知を開いた。


コンコルディア共同法廷から、オルバン本人への呼出しが届いていた。


「いま接続する。通信卓を使います」


オルバンが上がってきた。胸の勲章を探すように手が動く。法廷書記へ名と生年月日を告げ、血液認証片の応答を待った。その間、誰も別の話をしなかった。


『攻撃命令の原本と聴取記録を受領しました。被疑者オルバン十三世、身柄確認を記録します』


ラーダが自分の名を告げた。


「私は、同じ輸送群で家族を失った遺族です。この件の捜査担当には入れないでください。原本と所在の確認は続けます」


書記は確認し、記載した。オルバンへ向き直る。


『初回審理は三日後。この回線へ出頭してください。拘束の要否を含め、裁判官が審理します。それまでの所在と、予定航路を届け出てください』


「三百二十七星系への配送がある。順路を終えてから、各地でまとめて応じる方が――」


『変更の申立ては受け付けます。許可されるまでは、指定日時が有効です』


オルバンがメルを見た。


メルは船の予定表を開き、法廷の指定時刻へ印を置いた。


「この時刻は、通信の通る場所で船を止める。航路は通常航行へ入る前に届ける」


オルバンは画面へ戻った。


「弁護人をつけたい。資産は失効している」


オルバンは申請欄を読み、自分で受領を確認した。書記が番号を読み返して通信を閉じると、ラーダは何も言わず壁際へ戻った。


メルが貨物室へ降りると、オルバンはハコから請求書を受け取っていた。


「生体貨物保管料。朝食代。危険物虚偽申告加算。船体損害。牛に食べられた軍服の清掃費」とハコが読み上げる。


「最後の項目は私が請求する側ではないか」


「牛は契約者ではありません」


皇室資産への権利は失効した。手元の金属冠は査定額四百二十クレジット。請求額の端数にも足りない。


「各星系で、あなたの失効署名が要る」とメルは言った。


「承知している」


「技術顧問として雇う。肩書は〈旧帝権生体鍵〉」


「人間の肩書ではない」


「給与は保管料へ充当」


「全額は認めぬ。出頭と弁護に要る費用がある。それに、私物くらい自分で買いたい」


メルは額を入れかけた指を止めた。


「何を買うの」


「服だ。この袖は牛に食われた」


しばらく金額を押し戻し合い、メルは生活費と出頭費用を残す欄を作った。ラーダが別の条項を示す。法廷への出頭は、配送予定に優先する。変更が要る場合は、船長の判断だけで延期しない。


オルバンはその条項を読み、先ほどの呼出しの受領番号を書き込んだ。


「契約する」


「採用」


ボグが新しい厨房の扉を開いた。金色の照明が船尾通路へあふれ、給仕ドローンが四人分の食器を運んでくる。ひびの入った《リターン》で、食事だけが帝国級になった。


オルバンは四枚目の皿を、自分の向かいへ置いた。ラーダはその皿を取り、端末のある壁際へ運んだ。


「そちらでは狭いだろう」とオルバンが言った。


ラーダは皿を置く場所を空けていた。返事はなかった。オルバンは空いた席から手を引き、自分の食器を寄せた。


メルは食卓から離れ、オルバンへ船員用の寝台を見せた。三段のいちばん上。棺より短く、寝返りを打てば天井へ額が当たる。


「皇帝寝室は」


「廃止したでしょ」


四人の当番表も渡した。オルバンの最初の担当は食器と床の清掃だった。


「二十年間、誰かがやっていた」と彼は言った。


「二十年分、覚えられる」


オルバンは表をしばらく見た。命令すれば誰かが動く、という顔を一度だけしかける。だが宮殿はもう遠く、動く者はいなかった。


「箒は、どこにありますか」


メルは機関室脇を指した。


出発準備が整い、修理架の腕が外れる。《リターン》は一度右へ傾き、厨房の鍋を盛大に鳴らしてから、どうにかまっすぐ進んだ。外縁航路で待機し、法廷への航路届を開く。


前方では、武装を失った旧艦隊が食料箱と救難灯を運び、それぞれの門へ散っていく。後ろではオルバンが、自分の使った皿を流しへ置き、箒を取り出していた。


「最初の配送先を案内します」とハコ。


「近いところ」


「第十九門。通常航行で十九時間」


「受取代表へ確認を」


「三日前に死亡しています」


メルは操舵桿を握ったまま、目を閉じた。


「次点の代表は」


「本人の国葬船です。現在、第十九門へ接近中」


「死人が受取人?」


「未確認です。到着後に監査を推奨します」


ラーダが端末を開き、ボグが推進器の音を聞き、元皇帝が狭い通路で初めて自分の食器を片づける。


メルは第十九門への航路を法廷へ届け出た。


メルはローン期限を七日、配送時間を十九時間、受取人の死亡を三日前と頭のなかで並べた。


「返送先は?」


「ありません」とハコ。「当貨物は返送不可です」


《リターン》は最初の送り状を掲げ、三百二十七分の一の仕事へ向かった。


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