第99話 器と呼ばれし者
器。
その一語が、ヴァロスを、その場に縫い止めた。
『息子、と呼ばれて育ったか』影は、嗤った。嗤いながら、その言葉で、千年の土台を、無造作に叩き割った。『余は、後継など作らぬ。作ったのは——余を容れる、鞘よ。あの陣は、力を与える揺り籠ではない。貴様という中身を灼き潰し、余の意志だけを流し込むための、炉だ。千年、よく耐えた。中身が薄いほど、鞘は良く馴染む』
「……黙、れ」
『滅ぼせと刻んだ。支配せよと刻んだ。貴様が己の意志と信じてきたもの、その一字一句、すべて余の手蹟よ。さあ——』
影の腕が、伸びた。
『空になった、我が鞘。余を、容れよ』
ヴァロスは、動けなかった。千年、疑わなかった。父の遺志こそが、自分のすべてだと。だが、そのすべてが、初めから、自分を消すための——胸の奥で、あの小さな声が、悲鳴を上げていた。握り潰してきた声。それが今、はっきりと、聞こえる。
黒い腕が、王の胸元へ届く——寸前。
鋼の轟音と共に、それは、両断された。
漆黒の古鎧が、王の前に、山のように立っていた。ガルドス。大剣を振り抜いた姿勢のまま、老臣は、影を見上げた。
「ゼクス。……言うたはずだぞ。囀るな、と」
『ガルドス……忠義者よ。余の臣であろう』
「御意。それがしは、魔王の臣」ガルドスは、大剣を構え直した。「——玉座に在す王の、臣にて。墓の下の亡霊に、仕えた覚えは、無い」
そして老臣は、背後の王へ、振り向かずに告げた。
「我が王。御身の答えが出るまで——背は、それがしが、預かり申す」
影が、咆哮した。黒い炎が驟雨となって降り注ぎ、戦いの火蓋が切られた。セラが、結界を張りながら、叫んだ。
「視えました! あの影は、香炉と、ゼクスさんの体——二つの錨で、この世に留まっています! 錨を繋ぐ呪いの糸を断てば、祓えます! ……いえ!」小さな神官は、聖印を握りしめ、言い直した。「祓います!! アリア様の続きは——私が書くって、決めたんです!!」




