第98話 先代の司祭
「なぜ、斬らぬ!! なぜ、聞く!! なぜ——揺れておられるのですッ!!」
ゼクスの声は、もはや祈りの形すら失っていた。仮面の奥の眼が、憎悪と、それ以上の何か——裏切られた信仰の色に、燃えていた。
「偽神の末の戯言に、耳を貸すなど……ああ、ああ、やはり。ガルドスだけではない。器そのものが、濁っておられた……!」
「器、だと」ドランが、剣を構え直した。「おい、こいつ、今——」
ゼクスは、襤褸の祭服の内から、それを取り出した。黒曜石の、小さな香炉。中で、灰が、埋み火のように、赤黒く息づいている。
「我が神は、先代様!! 千年前、燃える故郷で凍えていた私に、新しい火をくださった御方!! この香炉には、御身の最後の残り火が眠っておられる……! 先代様は仰せられた。もしも器が濁った時は——焼き直せ、と!!」
「させません!!」セラが叫んだ。彼女の眼には、視えていた。あの香炉から立ちのぼる気配は、魔力ではない。呪いだ。ギデオンを二十年蝕んだものと同質の、しかし比べものにならないほど濃い、死者の執念そのもの。
遅かった。ゼクスは、香炉を、己の胸に、押し当てた。
「先代様——御身の僕に、御力を!! この身を、御身の座とし奉る!!」
黒い炎が、爆ぜた。
ゼクスの体を呑み込んだ炎は、天へ、渦を巻いて立ちのぼり——夜空を背に、巨大な影を、結んだ。角を戴く長身。玉座の闇を煮詰めたような輪郭。それは、千年前に滅んだはずの、先代魔王の姿をしていた。
影の眼窩に、赤黒い火が灯る。そして、その視線は、真っ先に——ルカではなく、ヴァロスへ、向いた。
『……ようやく、視えた』
千年前に死んだ声が、大気を軋ませた。
『よく灼けておる。……我が、器よ』




