第92話 故郷への疾走
「ゼクスが、終わりの地に気づいた」
支度は、半刻で終わった。教皇エレナは大書庫の速い馬と、南方全教区への協力布告を惜しまなかった。「教団の総力は、そなたらと共にある」——サンティエルの鐘が、出立の五人の背を、長く、長く送った。
「南街道をまともに行けば、六日。奴の足取りとの勝負になる」ドランが馬上で地図を睨む。
「——五日にできる。いや、四日だ」カイが、地図の一点を突いた。大陸を南へ下る大河、その支流。「この時期は雪解けの終わり水で、流れが速い。夜も下れる。湖守の眼を、信じてくれ」
河港で馬を舟に替え、一行は流れに乗った。カイは眠らなかった。二昼夜、舵の前に立ち続け、月明かりだけで瀬を読み、岩を躱し、舟を矢のように走らせた。三日目の朝、限界で倒れかけた彼を、ドランが黙って支え、舵を替わった。「……よくやった。あとは寝ろ、弟子」
その舟の上で、ルカは南の空を見つめていた。故郷。父とリーナの眠る丘。あの焼け跡に、今、狂信の黒い火が向かっている。膝の上の拳に、ミラの手が、そっと重なった。何も言わなかった。絆の炉が、言葉より確かに、伝えていた。
——同じ頃、魔王城。
ヴァロスは、玉座に、いなかった。侍る魔物たちが騒然とする中、王は一人、粗末な外套をまとい、城門を出た。供の申し出をすべて退け、ただ一言、残して。
「……確かめてくる。始まりの場所で」
その後ろ姿を、城壁の上から、漆黒の鎧が見送っていた。ガルドスは、しばし動かず——やがて、音もなく城壁を降り、王の遥か後方を、影のように、歩き出した。誰に命じられたのでもない。千年仕えた武人の、最後の役目として。




