第88話 大書庫の扉
サンティエルは、都市そのものが聖堂だった。
白い柱廊が幾重にも連なり、鐘の音が絶えず空に満ち、大陸中から集った巡礼で通りが溢れている。聖都サンクレアからの書状と、ラーゼン王家の添え状。二重の推薦を携えた一行は、その日のうちに、都の中枢——大書庫へと通された。
吹き抜けの大伽藍に、書架が塔のように聳えている。千年分の記録。セラは、入った瞬間から半分泣いていた。だが、目当ての場所の前で、一行は、止められた。
大書庫の最奥、鉄と聖印で封じられた、黒い扉。禁書庫である。
「アリア様の手当帳の原本は、この奥に。……なれど、開けられませぬ」
応対したのは、書庫長ヨエルという、枯れ枝のような老人だった。老人は、扉を見上げ、苦しげに続けた。
「三百年前、時の教庁が封じました。……この奥の記録は、『信仰を揺るがす』ゆえ、と」
「揺るがす……?」
「勇者ルーカス様は、教義では、神の力を完全に体現された御方。疲れも、迷いも、翳りもない、光そのもの。……ですが、アリア様の遺された記録には」老人は、声を落とした。「灼かれ、白髪となり、それでも戦い続けた、生身の御方の姿が、余さず記されておるのです」
つまり教団は、千年、都合のいい伝説だけを祀り、本当のルーカスを、闇に封じてきたのだ。ミラの眼に、火が点りかけた。それを制したのは、意外にも、セラだった。小さな神官は、震える声で、それでもはっきりと言った。
「……教皇聖下に、拝謁を願います。この扉を開ける権をお持ちなのは、聖下おひとりのはずです」




