第86話 収束する影
——西の果て。海に落ちる断崖の上で、七つ目の祠が、黒い炎に焼け落ちた。
「……ここにも、無い」
白い仮面が、ぎしりと軋んだ。ゼクスの足元には、縛られた老史学者が転がっていた。大陸中の伝承を集めた学者は、責め問いの果てに、譫言のように、こぼした。
「終わり、とは……地の果てに、非ず……旅の、終わり……勇者は、故郷に帰り……そこで生涯を、終えた……始まりの場所こそが……終わりの……」
仮面の奥で、細い息が、恍惚に震えた。
「……故郷。南の……勇者の、村……。ああ、ああ……なんと、なんと美しい……偽神の火は、生まれた場所で、消えるのだ……」
白い影は、老学者を捨て置き、南へ——焼けた村の跡へと、歩き出した。
——同じ頃、名も無き深い沼の底で、紫の気配が、身をよじった。半ば影に溶けたネフィスは、二十年育てた駒の糸が切れたのを感じ、忌々しげに水面を打ち——それから、嗤った。
「……よい。あれは古い駒。妾の傑作は……東の玉座に、もう、座っておるわ……」
——そして、魔王城。
玉座の間に、ゼクスが南へ転進したとの報せと、ガルドスへの背信の讒言とが、相次いで届いていた。居並ぶ魔将たちのざわめきを、ヴァロスは、片手ひとつで黙らせた。
「捨て置け。ガルドスは裏切らぬ。……裏切りには、心が要る」
言ってから、ヴァロスは、己の言葉に、微かに眉を寄せた。では、この胸にあるものは、何だ。玉座を降り、大陸の地図の前に立つ。その指が、南の一点——焼き払われた、小さな村の跡を、なぞった。ゼクスが向かう場所。そして、すべてが始まった場所。
「……ガルドス。貴様が剣を納めた理由を、余は問わぬ」魔王は、地図を見つめたまま、静かに言った。「いずれ、余自身が——この目で、確かめる」
——南への街道を、五つの影が行く。
先頭を歩くルカの白い一房が、初夏の風に揺れた。誰も知らない。学び舎を目指すその道の先で、白い仮面と、玉座の視線が、同じ一点——故郷の焼け跡へと、静かに、集まりはじめていることを。
終わりの地を巡る戦いが、音もなく、動き出していた。




