第84話 二十年の糸
戦場が静まると、ルカは、まっすぐに、書記官レイマルの前へ歩いた。
「あなたに、糸が視えます。……もう、終わりにしましょう」
金色の光が、レイマルの体に巻きついた黒い糸を、音もなく、焼き切った。書記官は、短い悲鳴を上げて崩れ落ち——そして、二十年ぶりに晴れた眼で、己の両手を見た。その口から溢れ出したのは、慟哭と、告白だった。
「わ、私が……私が、書いたのです……全部……! 紫の瞳の御方の、声のままに……グレンの内通の手紙も……今度の密書も……この手で……ああ、ああ……!!」
軍が、凍りついた。セラが進み出て、教団の名の下に、ギデオンの首筋を検めた。
「……古い魅了の痕です。深く、長く、蝕まれた痕が」
ギデオンは、動かなかった。ただ、その脳裏を、二十年前の記憶が、洪水のように流れていた。甘い香の匂い。耳元の、蜜のような囁き。焼き討ちの後、糸が切れてなお——認めることが、できなかった。グレンが白なら、己は虐殺者になる。だから、疑い続けた。狩り続けた。裏切り者は実在せねばならなかった。二十年、この国を病ませてきたのは、魔性の糸と——それを認められなかった、己の弱さだった。
元帥は、泥の中に、兜を落とした。そして、全軍と、村人たちの前で、膝をついた。
「……余の、罪だ」
絞り出すような声だった。ギデオンは、顔を上げ、ドランを見た。
「……貴様は、なぜ二十年、正気でいられた」
「いられてねえよ」ドランは、静かに答えた。「酒に沈んで、死に損なってた。……こいつらが、拾いやがっただけだ」
その日、ロズ村への討伐令は撤回され、軍は武器を置いて、村の柵の修理を始めた。




