第82話 元帥ギデオン
朝靄の中を、五百の軍勢が、粛々と村を囲んだ。
その先頭で馬を降りた男は、鉄のような白髪を短く刈り、深い皺の奥に、底の見えない昏い眼をしていた。ギデオン元帥。ドランが、柵の前へ、進み出た。
「……ドラン」元帥の眼が、わずかに揺れ、すぐに、氷に戻った。「生きていたか。村焼きの犬が。今さら、罪人を庇う側に回ったか」
「その言葉、そっくり返す。……あんたは今、二十年前と同じことを、しようとしてる」
「黙れ。証拠は揃っている」ギデオンが顎をしゃくると、書記官が進み出た。レイマルと呼ばれた初老の男が、恭しく、束ねた書状を掲げる。魔物との「内通」を記した、密書の数々。
ルカが、ドランの隣に立った。名乗りを上げると、兵たちの間に、さざなみが走った。聖都を救った勇者。ラナリアの戦を止めた、金色の光。その名は、すでにこの国の兵たちにも、届いていた。
「元帥閣下。その証拠を、僕に検めさせてください。偽りなら——光が、暴きます」
ルカは、両の眼に、力を灯した。金色に透けた視界の中で、視えた。書記官レイマルの全身に、幾重にも巻きついた、黒い糸。ただし、その糸の先は、どこにも繋がらず、千切れたまま、それでも彼を、絡め取り続けている。そして、ギデオン。彼には、糸はなかった。あるのは——首筋から心臓にかけて残る、糸が喰い込んでいた、深い、深い、古傷の痕。
ルカが、口を開きかけた、その時。
地鳴りが、来た。川上の森が割れ、黒い奔流が——魔物の大軍が、人間たちの群れ目がけて、雪崩れ込んできた。




