第80話 新しいグレン
谷あいの村は、小さく、慎ましやかだった。
真新しい木の家々。開かれたばかりの畑。そして村の入り口には、一枚の大きな石碑が立っていた。刻まれているのは、名前だった。何十もの、名前。二十年前、炎に消えた人々の。
ドランは、仲間を入り口に残し、一人、石碑の前へ歩いた。膝をつき、名前を、ひとつずつ、目でなぞっていく。そのすべてを、彼は覚えていた。忘れたくて、二十年、酒に沈んでも、忘れられなかった名前たちだった。
「——その顔」
嗄れた声がした。畑から出てきた老婆が、鍬を取り落とし、立ち尽くしていた。皺の奥の眼が、みるみる見開かれ、憎悪に燃え上がる。
「忘れるもんか。火の中で見た、兵隊の顔だ……! あんた、あの夜の……!」
老婆——マルダの杖が、ドランの頬を打った。二度、三度。ドランは、避けなかった。騒ぎを聞きつけた村人たちが集まり、石が飛んだ。ルカたちが思わず動きかけるのを、ドランは背中で制した。
「……詫びて許されるとは、思っちゃいない」額から血を流したまま、ドランは深く、頭を垂れた。「ただ、名前に、手を合わせに来た。それだけだ」
「帰れ!! 人殺し!!」
五人は、村を追われた。谷の入り口で野営していると、夜更けに、一人の若者が現れた。テオと名乗った。あの夜、六歳だったという。
「……あんた、覚えてるか。燃える家の裏で、俺と目が合った兵隊がいた。剣を持ってたのに——目を逸らして、行かせた」テオは、ドランをまっすぐに見た。「二十年、ずっと聞きたかった。あれは、あんたか。なんで、目を逸らした」
長い沈黙のあと、ドランは、答えた。
「……子どもを、斬れなかった。それだけだ。誇れる話じゃねえ。俺は、お前の家を焼いた側の人間だ」
「分かってる。感謝なんかしてない」テオは、目を伏せた。「……でも、聞けてよかった。それと——あんたたちに、伝えたいことがある。三日前、隣のロズ村が密告された。魔物に通じてる、って。元帥の軍が、もう動いてる。……グレンと、同じだ。また、始まるんだ」
ドランが、立ち上がった。その眼から、二十年の澱が、消えていた。




