第78話 三つの約束
北の頂を下りるにつれ、世界に、色が戻ってきた。
雪は疎らになり、岩の間に緑が覗き、十日も歩けば、風はもう春の匂いをしていた。けれど、麓の宿場で耳にする報せは、季節とは逆に、冷えていく一方だった。西方で、また一国が落ちた。リドナ王国——地図から消えた国は、これで四つ。そして西の果てでは、白い仮面の司祭が、古い祠を順に焼いて回っているという。
「……急がないとね」
地図を睨むドランの隣で、ミラが、別の紙を広げた。焚き火の明かりの下、そこには彼女の字で、三つの約束が書かれていた。
「はい、ルカ。読み上げて」
「え……ええと。一つ、戦い以外で光を使わない。一つ、限界まで絞らない。絞る時は、必ず先に言う。一つ……使った夜は、倍、寝る」
「復唱よし。破ったら、罰として私の特製薬草茶、一週間」
「あの緑のやつ!? ぜ、絶対守ります」
セラはセラで、いつの間にか小さな帳面をつけていた。光の使用時間、その後の顔色、白髪の房の変化。看護記録さながらの几帳面さである。ルカは苦笑いするしかなかったが、胸の奥は、正直、あたたかかった。命を薪にする力だと知ったあの日から、誰も、彼を一人で燃えさせる気がないのだ。
その夜の夕餉は、事件だった。ミラが、トウヤの女将の書き付けを片手に、鍋の再挑戦をしたのである。全員が息を呑んで見守る中、最初の一匙を口にしたカイが——静かに、泣いた。
「……美味い。美味いぞ、ミラ……!」
「泣くほど!? ちょっと、逆に失礼なんだけど!?」
笑い声が、久しぶりに野営地に響いた。ただ一人、ドランだけが、笑いながらも、南の空を見ていた。旅は明日、国境を越える。ラーゼン王国——彼が二十年、避け続けてきた故国へ。




