第75話 千年の続き・前
夜明け。岩の輪の中央で、二つの影が、向かい合った。
「立会いは、それのみ。手出しは無用——結果がどうあれ、それがしは、他の者には指一本触れぬ。武人の名にかけて」ガルドスは、四人へそう告げ、それから、ルカへ向き直った。「——参られよ、風の勇者」
先に動いたのは、ルカだった。
流れる光をまとった体は、羽根のように軽い。雪を蹴り、岩を蹴り、光の眼が魔将の呼吸を読む——読めない。ガルドスの構えには、「次」がなかった。千年磨かれた剣は、始まりも終わりもない、完成された円だった。大剣の一薙ぎが、雪ごと空間を割る。ルカはそれを、風のように受け流し、流し、流し——凌ぎ続けた。以前なら三合で尽きた光が、涸れない。掴まず、流す。風の教えが、命綱だった。
長い攻防の果て、ルカは賭けに出た。ドラン仕込みの足運びで死角へ滑り、岩を蹴った反動ごと、一閃。星鉄の刃が、兜の頬当てを、掠めた。
——ぴ、と。漆黒の鎧の隙間から、一筋、黒い血が伝った。
輪の外で、四人が息を呑む。ガルドスは、動きを止め、己の頬に触れ——低く、低く、笑った。それは地鳴りのような、心底嬉しそうな笑いだった。
「……千年ぶりよ、この痛み。礼を言うぞ、小僧」
魔将は、外套を、脱ぎ捨てた。
「ならば、こちらも——千年ぶりに、全き力で応えよう」
大気が、変わった。魔将の総身から立ちのぼる闘気が、雪を溶かし、岩を軋ませる。ドランが、無意識に一歩、下がった。あれが、本気。ベルガが山なら、これは——動く、山脈。
「征くぞ」
その一言と共に、世界が、白い暴風になった。




