第73話 白面の司祭
——時は、少しだけ遡る。ルカが風の中にいた、その頃。
岩の輪の外で待つ四人は、異変に、ほぼ同時に気づいた。山の歌が、濁ったのだ。風の笛の音に、耳障りな、呪詛のような低音が混ざる。斜面の下から、一つの影が、登ってきていた。
細身の体に、襤褸のような祭服。雪風の中を、寒さなど存在しないかのように、まっすぐに。そして、顔には——白い、仮面。
「……っ、全員、下がれ」ドランの声が、掠れた。「ありゃあ、駄目だ。ベルガと、同じ側の——」
四天王が一柱、ゼクス。仮面の奥から、湿った声が、祈りのように漏れた。
「……見つけた。偽りの神の火。山ごと、浄めて進ぜよう……」
ゼクスの掌に、黒い炎が灯る。炎のくせに、光のない、闇そのもののような火。四人が絶望的な構えを取った——その刹那。
轟、と大気が唸り、二者の間に、城門のような大剣が、突き立った。
「——王命を、忘れたか。ゼクス」
漆黒の古鎧。ガルドスが、雪煙の中に、山のように立っていた。
「勇者の末への手出しは、無用。それがしが、そう定めた」
ガルドスの大剣が、一閃した。たった一度の斬撃。ゼクスの黒炎が真っ二つに割れ、仮面の司祭の体が、数間、後方の雪へ滑る。格の差は、それだけで明白だった。ゼクスは体勢を立て直し、憎悪の滲む声で、吐き捨てた。
「……いいだろう。この山の火は、後回しだ。最後の火を——“終わりの地”を、先に消す。どこに隠れていようと、必ず……」
言い終える前に、その体は、影のように雪へ溶けて、消えた。残された四人は、しばらく、声もなかった。敵に、救われた。その事実の奇妙さを、噛みしめる間もなく——背後で、風の壁が、ほどけた。
岩の輪から、ルカが歩み出てきた。全身に、朝焼けのような淡い光を、静かにまとって。ガルドスの兜が、ゆっくりと、そちらを向いた。
「……成ったか」
千年の魔将は、大剣を担ぎ直し、告げた。
「夜明けと共に。——千年前の、続きと参ろう。今宵は、休め」




