第72話 流れる光
『さらば、最後の声を聴くがいい。——この山でもっとも長く、もっとも深く、風と語らった男の声を』
風が、渦を巻いた。白い烟りの中に、光景が結ばれる。千年前の、この岩の輪。そこに、一人の青年が座っていた。ルーカス。まだ若い、けれどグラムの丘で見たときより、少しやつれた顔の、祖先。
幻の中で、ルーカスは苦しんでいた。掌の光が、暴れている。灯すたびに、腕の血管が浮き、額に脂汗が滲む。『くそ……っ、なんで、言うことを聞かない……!』
風が、若きルーカスに、囁いた。『——掴むな。流せ』
『流す……?』
『火は、掴めば手を灼く。風は、掴めぬゆえ、何も灼かぬ。光を、握りしめるな。呼吸のように、通わせよ』
幻のルーカスが、目を閉じ、長く息を吐く。強張っていた肩から力が抜け、光が——変わった。刃のように尖っていた輝きが、川のように、風のように、体を巡りはじめる。穏やかで、それでいて、尽きない光に。
そして幻は、もうひとつの場面を映した。夜。一人きりのルーカスが、咳き込んでいた。口元を拭った手を見つめ、それから、自分の前髪を、一房つまむ。——白い。若者の髪に、雪のような一筋。
『……そうか。この力、俺の命を薪にしてるのか』
ルーカスは、しばらく黙って、星を見ていた。そして、独り言のように、風に告げた。
『……いいさ。決めたことだ。ただ——全部終わったら、俺は、始まりの場所に帰るよ。最後の真実も、そこに置いていく。いつか、俺と同じ光を継いだ誰かが、迷わないように。……なあ、風。そのときは、あいつを、ここへ導いてやってくれ』
——始まりの場所。
ルカの全身に、鳥肌が立った。ルーカスの始まりの場所。戦いを終えた勇者が帰り、余生を過ごした場所。それは。
「……僕の、村……?」
終わりの地は、故郷の焼け跡に、眠っている。幻が薄れ、風がルカを包んだ。『さあ、お前の番だ。掴むな。流せ』
ルカは、目を閉じた。胸の奥で暴れる熱を、握りしめるのを、やめる。父の声を、リーナの声を、聴いたときのように。ただ、通わせる。息を吸い、吐く。光が——流れた。全身を、風のように、巡りはじめた。灼ける痛みが、消えていく。代わりに、静かで、涸れない輝きが、指の先まで満ちた。
『……光は、成った。もう、お前を急いては灼くまい。——だが忘れるな。流れを越えて絞れば、薪は、やはり燃える』
風の壁が、開いた。ルカは、朝の光の中へ、歩き出した。その足取りは、山に登ってきたときと、まるで別人のように、静かだった。




