第71話 風のこえ
父の声が、風の中で、ぽつり、ぽつりと語った。それは、あの夜——炎の中で剣を取った父が、胸の内で叫んでいた、声にならなかった声だった。
『すまん、ルカ……。稽古ばかりで、何も、言ってやれなかった。……怖かったんだ、俺は。お前を勇者になんて、したくなかった。普通に、笑って生きてほしかった。……だがな、ルカ。泣きながら、それでも木剣を握り直すお前を見るたび、俺は思ってた。ああ——俺の息子は、俺なんかより、ずっと強い、と』
ルカの膝が、崩れた。
『生きろ、ルカ。……お前は、俺の、誇りだ』
涙が、あふれて止まらなかった。けれどそれは、祠の試練で流した、絞られるような涙とは、違った。そして風は、もうひとつの声を、運んできた。
『……ルカ』
リーナの、声。あの夜、瓦礫の下で、青い石を握りしめながら——彼女が最期に想っていた、声。
『にげて、ルカ。おねがい、生きて。……ごめんね、そばにいてあげられなくて。……あのね、ずっと、言えなかったけど。あんたが泣き虫でも、弱くても、わたしは——』
その先は、言葉にならない、あたたかい何かのまま、風に溶けた。それで、十分だった。ルカは、声を上げて泣いた。堪える必要は、なかった。ここは、泣いていい場所だった。
どれだけ泣いただろう。風が、そっと囁いた。
『……留まるか、光の末。ここに居れば、声は、いつまでも聴ける。永遠に』
甘い、あまりに甘い誘いだった。父の声と、リーナの声に包まれて、永遠に。ルカは、目を閉じた。長い、長い間。そして——立ち上がった。
「……ううん。行くよ」
濡れた顔のまま、ルカは風に向かって、笑った。
「父さん、ありがとう。……いってきます。リーナ——僕も、だよ。ずっと、言えなかったけど」
風が、ひときわ優しく、ルカの頬を撫でた。二つの声は、満ち足りたように、ほどけて、空へ昇っていった。
『……別れを、言えたな』
風の声が、どこか誇らしげに、響いた。




