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第70話 風の岩戸
「試練だ。手出しは、できん」
「ルカ!」ミラの声が、風越しに届いた。「朝ごはん、作って待ってるから! あんたの好きな、あの甘い粥! ……だから、ちゃんと」
その先は、風に千切れた。けれど、ルカには十分だった。ルカは頷き、風の渦の中心へと、歩を進めた。
石板に手を触れた、瞬間。世界から、地面が消えた。
気がつくと、ルカは、風の中に立っていた。上も下もない、白く烟る風の只中。恐怖は、不思議となかった。風は荒々しいのに、どこか、あたたかい。
『——ようこそ、光の末』
声が、風そのものから響いた。祠の神の声とも、水の声とも違う。無数の囁きが折り重なったような、優しくて、少し寂しい声。
『風は、過ぎ去りしものの声を運ぶ。……この山には、千年分の声が、吹き溜まっておる』
風が、変わった。烟りの奥から、聞き覚えのある音が流れてくる。畑を打つ鍬の音。井戸の軋み。子どもらの笑い声。——村の、音だ。滅んだはずの、故郷の音。
そして、風の奥から、声がした。
『——ルカ』
心臓が、止まりそうになった。間違えるはずがない。世界中のどんな音の中からでも、聞き分けられる。
父の、声だった。




