第69話 風の斜面
森林の限界を越えると、世界には岩と、雪と、風だけが残った。その風が、尋常ではなかった。まっすぐ立つことすら許さず、叫んでも隣の声が千切れて届かない。五人は互いの腰を縄で結び、身を低くして、一歩ずつ斜面に足を刻んでいった。
先頭はドラン、殿はカイ。湖育ちの槍士は、寒さにはとことん弱いくせに、縄の張りを保つ役目だけは、意地でも譲らなかった。「湖守の男が……山風ごときに……!」というお決まりの啖呵は、もう誰も笑わない代わりに、誰もが少しだけ安心する呪文になっていた。
夜は、雪に横穴を掘って凌いだ。狭い雪洞の中で、ミラが掌に小さな火を灯す。強からず、弱からず、五人の体温を一晩守り続ける、あの「拵える火」だった。トウヤの女将直伝の干し肉の粥が、火の上でことことと湯気を立てる。セラの荷物の隅からは、例の小さな熊が顔を覗かせていて、カイが見て見ぬふりをした。
「……近いね」
粥をよそいながら、ミラがぽつりと言った。ルカは、頷いた。言われるまでもなかった。胸の奥の光が、山を登るほどに、そわそわと脈を速めている。まるで、懐かしい場所に帰る前の子どものように。
三日目の夜明け、雲が割れた。
朝焼けの中、それは見えた。頂の中腹、風に削られた巨大な岩の柱が、円を描いて立ち並んでいる。天然の神殿——風の祠。そして、耳を澄ませば、風が柱の間を渡るたび、笛の音のような、歌のような響きが、山全体に鳴っていた。
「山が……歌ってる」
セラが、呆然と呟いた。五人は縄を解き、最後の斜面を登りはじめた。歌は、近づくほどに、はっきりと——誰かを呼ぶ声のように、聞こえはじめていた。




