第68話 北の頂へ
出立の朝は、よく晴れた。
腰の治った宿の主人と、村人総出の見送りだった。ミラは女将から鍋の作り方を書いた紙を(本人の名誉のため、こっそりと)受け取り、カイのぬいぐるみは予告どおり子どもたちに配られ、一匹だけ、いちばん小さいのがセラの荷物の隅に、ちゃっかり収まっていた。
「山の神さんに、よろしゅうな!」
手を振る村を背に、五人は北へ、雪の斜面を登りはじめた。数日ぶりの行軍なのに、足は不思議と軽かった。張り詰めていた何かが、湯と、笑いと、灯籠の夜で、ほどけていた。ドランの言ったとおりだ。弦は、緩めたぶんだけ、強く張れる。
登るほどに、木々は消え、風が鳴きはじめた。世界から色が減り、白と、空の青だけになっていく。そして五日目の朝——雲の切れ間に、それが見えた。
大陸でもっとも高い、北の頂。その中腹に、風に削られた岩の柱が、天然の神殿のように立ち並んでいる。風の祠。行路に記された、最後から二番目の地。そして、千年の魔将が待つと告げた、約束の地。
ルカは、足を止め、頂を見上げた。胸の奥で、光が、静かに脈打っている。トウヤの村の、あたたかい日々が、その鼓動を支えてくれている気がした。
「……行こう」
短くそう言って、ルカは、最初の一歩を、雪に刻んだ。
——そのはるか頭上。頂の岩柱の上に、漆黒の鎧が、微動だにせず佇んでいた。千年の魔将は、登ってくる五つの点を、静かに見下ろしていた。
「……良い顔になったな、勇者の末よ」
兜の奥の声は、風に千切れて、誰にも届かなかった。




