第64話 白樺の湯の村
風の祠のある北の頂までは、ここからさらに十日はかかるという。雪はいっそう深くなり、五人の足取りも、口数も、重くなりはじめていた。
その匂いに最初に気づいたのは、カイだった。
「……なんか、卵の腐ったような匂いがしないか」
「あんたの荷物の干し肉じゃないの」
「違う! ……いや、待て。湯気だ。あっちの沢、湯気が上がってる」
白樺の林を抜けた先に、その村はあった。岩間のそこかしこから白い湯気が立ちのぼる、山あいの湯治場——トウヤの村。魔物禍で客足が絶え、湯宿はどこも閑古鳥が鳴いていたが、それだけに、久々の旅人を村人たちは大歓迎で迎えた。
「氷の巨魔を退治してくだすった方々じゃと!? ホロウの谷が開いたのは、あんたらのおかげか!」
話は峠を越えて届いていた。宿代はいらん、湯に浸かってゆけ、と押し切られ、五人は成り行きのまま、湯宿に草鞋を脱ぐことになった。
「……いいんでしょうか。私たち、先を急ぐ身では」
生真面目に眉を寄せるセラに、ドランが荷を下ろしながら答えた。
「急いても、頂の雪は待ってくれん。それにな、セラ。休むのも旅のうちだ。……体ってのは、剣と同じよ。張りっぱなしの弦は、肝心なときに切れる」
「ドランさん、それ、お風呂に入りたいだけの理屈では」
「半分はな」
その夜、男湯の岩風呂には、三人分の呻き声が響いていた。
「〜〜〜っ、生き返る……」
肩まで沈んだドランが、天を仰いで唸る。カイは湯の熱さに顔を真っ赤にしながらも、意地で肩まで浸かっていた。湖育ちの彼は、熱い湯というものに、どうにも慣れないらしい。
「カイ、無理せず縁に座ってろ」
「む、無理などしていない……! 湖守の男が、湯ごときに……っ」
「顔が茹で蛸だぞ」
ルカは笑いながら、夜空を見上げた。湯気の向こうに、星が滲んでいる。父と入った村の狭い風呂を、ふと思い出した。もう戻れない日々。けれど不思議と、今夜は胸が痛むより先に、あたたかかった。
そのとき、岩塀の向こう——女湯から、ミラの絶叫が聞こえた。
「ちょっとセラ!? あんた、その、む、胸……! 神官服の下にそんなの隠してたわけ!?」
「ふえっ!? か、隠してません! 祭服はもともとゆったりした作りで……ミ、ミラさんこそ、そんなにじっと見ないでください〜!」
「……納得いかない。世の中、間違ってる」
男湯の三人は、顔を見合わせた。ドランが、実に神妙な顔で言った。
「……聞かなかったことにしろ。それが長生きの秘訣だ」




