第56話 湖の誓い
停戦は、その日のうちに結ばれた。
両王は中央島に並び立ち、ラナリアへの償いと、湖守家の名誉回復を、全軍の前で誓った。ただ、去り際にグレゴール王が漏らした言葉が、ルカの耳に残った。「……あの魔性の種が、我が宮廷だけとは限らん。どの国の玉座の裏にも、あの囁きは、潜んでおるやもしれぬ」——戦は避けられた。だが、蛇の毒は、まだこの大陸のどこかで、静かに巡っている。
牢を出たロディスは、駆け寄った息子を、無言で抱きしめた。カイが人前で泣いたのは、それが初めてだった。そして父は、返却された家宝の神槍を、息子の手に握らせた。
「行け、カイ。光と共に征け。——ヴェイルの誓いを、果たす時だ」
カイは槍を掲げ、ルカの前に膝をついた。五人目の仲間が、加わった瞬間だった。
出立の朝、ドランが、ルカの剣を検めて、眉を寄せた。刀身に、髪のように細い罅が、走っていた。決戦の最中、確かに、硬い音が鳴った。「……並の鋼じゃ、もうあの光には保たん。折れるのは、時間の問題だ」
カイが、家伝の記録を開いた。「ルーカス様の剣は、北の連峰の鍛冶の里で、星鉄という鋼で打たれたとある。……行路の、次の地でもある」
北へ。行き先は、決まった。だが同じ朝、西から流れてきた巡礼の老婆が、恐ろしい噂を落としていった。白い仮面の司祭が、勇者ゆかりの社を、西から順に、焼いて回っている——と。行路の光を、消して回る者がいる。五人の顔が、強張った。
——魔王城。ネフィス敗走の報を、ヴァロスは玉座で聞いた。怒りは、湧かなかった。湧かない自分に、気づいてしまった。
「……父の憎しみは、父のものだ。ならば——私のものは。私は、何のために」
答えの代わりに、玉座の間の闇の奥で、鎧の軋む音がした。古の魔将ガルドスが、静かに、立ち上がった。
「……頃合い、か。この目で、確かめる時だ」
北の雪嶺へ向かう五つの影と、それを追う、千年の影。物語は、白い山脈へと続いていく。




